第44話 それはこっちの台詞よ

「オアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 凄まじい雄叫びを轟かせながら、巨体が丸太のごとき尾を振り回した。

 それだけで周辺の建物が粉砕し、あちこちに瓦礫の雨が降る。


 王都の中央通り。

 王宮にも通じ、本来ならば大勢の人たちで賑わっているはずのそこは今、一体の凶悪な魔物の猛威に晒されていた。


 騎士団の精鋭たちが討伐戦と先ほどから懸命に戦っているが、全身を覆う硬い鱗の防御力が凄まじく、なかなか倒すことができない。

 逆に一人また一人と、強烈な攻撃を浴びて戦線を離脱していた。


「これがっ……最強の魔物……っ!」


 思わず呟いたのは、騎士団の一員としてこの激戦に参加している一人の少女。


 彼女の名は加藤真莉。

 異世界人としてこの世界に召喚されてきた彼女にとって、実際にドラゴンと遭遇し、戦うのはこれが初めての経験だった。


 そう、ドラゴンだ。

 天聖騎士という優れた職業を与えられて以降、これまで順調にレベルを上げ、今や騎士団内でもトップクラスの実力を有する彼女をもってしても、圧倒的な強さを誇る魔物。


 それが王都のど真ん中で暴れ回っているのである。


 そのとき、真莉の背後から聞き慣れた声がした。

 こんな状況だというのに、冷静で、凛とした声だ。


「まさか、ドラゴンまでいるとは思いませんでしたね、マリ」

「っ! アリス!? なぜここに……っ!?」


 真莉が驚くのも当然だろう。

 アリスと呼ばれたその少女は、この国の王女なのである。


 しかも現在この国の王位は空席になっており、彼女が実質的に国を治めていた。

 つまり国のトップが、こんな危険な戦いの最前線に姿を現したのだ。


 マリ、アリス、と今や親しく呼び合う関係性となっている二人が、言い争う。


「この国の危機に、王宮でのんびりしているわけにはいかないでしょう?」

「だからって、危険よ! すぐに王宮に戻って!」

「いいえ、戻りません。マリも知っているでしょう? わたくしも戦えるということを」


 王女アリスが腰に提げていた剣を抜く。

 その刀身を覆っていくのは、バチバチと弾けるような音を響かせる雷撃だ。


 王女アリスの職業は「魔導剣姫」。

 魔法と剣の両方に長けた魔法剣士の上位職であり、とりわけ彼女は雷の魔法を得意としていた。


「わたくしの雷剣ならば、あの硬い鱗を通り抜けて、体内にダメージを与えられるはずです」

「っ……まったく、仕方がないわね! それなら私ができるだけ引き付けるわ! ドラゴンの急所に、全力でそれを叩き込みなさい!」

「了解です。……ですが、マリ、無理しないでくださいね」

「それはこっちの台詞よ!」


 確かにあのドラゴンの硬質な鱗を破るには、王女アリスの力が必要だ。

 そう判断した真莉は、自ら危険な囮役を買って出ることに。


「「「うわあああああっ!?」」」


 どうにかドラゴンの動きを抑え込んでいた騎士団の仲間たちが吹き飛ばされたのと入れ替わりに、真莉は真っ直ぐ凶悪なドラゴンへと突っ込んでいった。


「オアアアアアアアッ!!」

「くっ!」


 ドラゴンの繰り出す牙や爪の攻撃を、天聖騎士の高い耐久値を生かしながら盾で防ぐ真莉。

 だが一撃一撃が重すぎて、さすがの彼女も一人では抑え切れない。


 と、そのときだ。

 家の屋根から何かが飛んできたかと思うと、ドラゴンの目に直撃した。


「アアアアアアアアッ!?」


 痛みに悶えるドラゴンを余所に、軽く着地を決めたのは、二本の剣を手にしたエルフの女性で。


「加勢します。ひとまず商会周辺の魔物は片付きましたので」

「あなたはっ……確か、金太郎の……っ?」


 今は商会を経営している坂本金太郎のところへ遊びに行ったことがあるのだが、その際に見かけたことがあった。


「はい。キンチャン様の奴隷、リュナでございます」

「って、奴隷!?」


 てっきり秘書か何かだと思っていた真莉は、思わず頓狂な声を出す。

 学級委員長を務めるくらい真面目な彼女にとっては、あまりにも聞き捨てならない内容だったが、生憎と今はそれどころではない。


「グルアアアアアアアアアアアッ!!」

「来ます」

「っ……」


 片目を失ったドラゴンが、怒りの咆哮を轟かせながら躍りかかってきた。


 そこからは二人がかりでドラゴンの猛攻を懸命に凌いだ。

 リュナと名乗るエルフはかなりの実力者らしく、高い敏捷性でドラゴンを翻弄するように動き回っている。


「オアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 拮抗した状況に苛立ったのか、ドラゴンが動きを止め、大きく首を撓めた。


「……っ! これはっ!?」

「気を付けてください! ブレスが来ます!」


 そうしてドラゴンが口からブレスを放とうとした、その瞬間だった。


「はああああああああああああっ!」


 この隙を狙っていたのか、王女アリスが弾丸のような速度でドラゴンに突っ込んでいく。

 そうしてブレスを溜めた首目がけ、雷撃に覆われた渾身の一撃を叩き込んだ。


「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 鱗を通り抜けて体内を凄まじい電撃が駆け抜ける。

 悶え苦しむドラゴンは、耐え切れずにブレスを天に向かって吐き出してしまい、周辺に炎の雨が降り注いだ。


 炎の雨が止んだ直後、ドラゴンの巨体が地面に倒れ込む。


 ズドオオオオオオオンッ……。


「倒せ……た?」

「……どうやらそのようですね、マリ」

「アリス……っ!」


 王都に攻め込んできた魔物の中でも、最大の脅威といえたドラゴンを無事に撃破し、真莉は思わずアリスに抱き着く。


「助かりました、マリ。あなたのお陰で、王都は護られたようです」

「半分はあなたの力よ」

「いいえ、マリ。あなたがこの国に残ってくれたからです。他国からもっと良い条件を提示されていたにも関わらず……」

「それは気にしないでって言ってるでしょ? それにしても、どうして急にこれだけの魔物が王都に? ここまで魔物が群れを成すのって珍しいんじゃ……」

「そうですね……原因はまだ分かりませんが、嫌な予感がしますね……背後に何者かがいるような……。……っ……何ですか、この気配はっ!?」


 その王女の予感は当たってしまった。

 異様な気配を感じ取り、彼女たちが向けた視線の先。


 そこにいたのは、灰色の肌に、黒い瞳の男で――


「ま、魔族……っ!?」

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