第43話 何ともないんだが
アンデッドが放った謎の黒い靄に呑み込まれてしまった。
このままでは俺も幻惑にかかってしまう、と思いきや、
「えーと……何ともないんだが?」
「馬鹿ナ、我ガ魔法ヲ受ケテ、平然トシテイルダト?」
アンデッドが驚いている。
相変わらず阿久津たちは泣きながら喚いているし、先ほどとは何も変わらない光景だ。
「そうか。このパンツの効果もあって『精神』の値が高いからか」
ステータスにおける「精神」が高ければ高いほど、状態異常などへの耐性が強くなるというし、それでアンデッドの魔法が効かないのだろう。
そうと分かれば楽勝だ。
さすがにこれ以上、阿久津たちが悶えているのを眺めている暇はないし、とっとと倒してしまうとしよう。
「ナラバ、コレデドウダ!」
「おっと」
咄嗟に攻撃魔法を放ってきたが、軽く躱すと一気に距離を詰めた。
ズバンッ!
「ヌゴオオオ……我ガ……破レルトハ……」
頭蓋ごと真っ二つに砕いてやると、そんな台詞を残して地面に崩れ落ちる。
念のため踏みつけて、骨を粉々にしておいた。
高位のアンデッドっぽいし、復活されては困るからな。
「ぐ……俺たちは、一体……?」
「アンデッドは……?」
「た、助かったのか……?」
幻惑から解放され、阿久津たちがよろめきながらも身体を起こす。
そしてこちらに気づいて、
「っ……な、何だ、テメェはっ? さっきのワイトはどこに行きやがった!?」
どうやらワイトという魔物だったらしい。
「おい、聞いてんのか、仮面野郎!」
助けてやったというのに、阿久津が偉そうな態度で訊いてくる。
俺は自分の足元の骨の残骸を指さした。
「なっ……テメェが倒したってのか?」
「……」
さっきまで幻惑にやられて怯え切っていたくせに、よくそんな態度でいられるよな、こいつ。
俺はワイトを砕いた巨大な牛刀を担いで、無言のまま阿久津に近づいていった。
「な、な、何だよ、テメェ!? やる気かっ?」
この怪しい格好のお陰か、阿久津の声が少し震えている。
俺は牛刀を振り上げた。
「ひっ……」
ズゴアアアアアアアアンッ!!
阿久津のすぐ足元に牛刀を叩きつけてやると、石造りの地面が粉砕し、あちこちにその残骸が飛び散った。
と同時に俺は「王の威光」スキルを発動していた。
「「「~~~~~~っ!?」」」
三人そろって腰が抜けたように、情けなくその場に尻餅をつく。
「あ、あ、あ……」
言葉にならない呻き声を発している彼らを余所に、俺は無言でその傍を通り抜け、そこから立ち去るのだった。
「うおおおおおっ! めっちゃ怖かった!」
阿久津とその取り巻きたちから離れたところで、俺は思わず叫んでしまう。
あいつら全員、上級職だったはずだし、もし喧嘩になっていたらヤバいところだった。
「王の威光スキルがあってよかったぜ。お陰でハッタリが効いたみたいだな」
自分よりレベルが低い相手には確実に効果があるスキルである。
レベルだけなら、さすがに俺より阿久津たちの方が高いなんてことはないはずだった。
お陰で少し溜飲は下がったが、
「けど、もし正体がバレたら確実にやり返してくるだろうな……。二度とあいつらに会いませんように……」
あのまま放置してワイトにやられてくれていた方が良かったかもしれない。
そんな風にも思いつつ、俺はキンチャン商会へと急ぐのだった。
◇ ◇ ◇
「クソッ、何だったんだよ、あいつは……っ!」
阿久津は苛立ち紛れに、手にしていた戦斧を思い足元へ切り叩きつけた。
バギンッ、と地面が割れ、亀裂が入る。
だが先ほどあの謎の仮面が巨大包丁を振り下ろし、粉砕してみせた部分と比べれば、せいぜい半分以下の破壊力といったところだろう。
職業が「重騎士」である阿久津は、耐久とともに筋力のステータスが伸びやすい。
そんな自慢の攻撃力を、あの仮面は凌駕していたということになる。
「しかもあの威圧感、ヤバかったっすね……」
「お、おれ、チビっちまったんだが……」
取り巻きたちが先ほどのことを思い出し、ぶるりと身体を震わせた。
「はっ、情けねぇな、テメェらはよ!」
「いやでも、阿久津さんも……」
「ああ? オレが何だってんだ?」
取り巻きたちの視線を負って、自分の下半身を見たところで、阿久津はようやくそれに気が付いた。
鎧の隙間から、ぽたぽたと雫が垂れているのである。
そういえば、パンツの中が濡れているような……。
「こ、こいつは汗だっ! 汗に決まってんだろ!? テメェら、まさかオレが漏らしたとか思ってんじゃねぇだろうなっ!?」
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