第7話 あの娘の名前を探す方法 ー 小野里拓真

 新学期は配り物が多い。

 小野里と言う名字は五十音順に教室の座席を決めて行くと結構な確率で一列目の最後部か二列目の先頭になる。

 今年は二列目の先頭だった。

 このポジションは担任から用事を言いつけられ易いという難点がある。しかもまだ委員が決まっていないこの時期では尚更に用事を言いつけられ易い。

 と言うわけで今年も見事に新学年の配り物を職員室に取りに行く羽目になった。


 それにしてもまさか昨日の今日、新学期二日目にしてあの子と再会できるとは思わなかった。

 玄関で一瞬だけど目が合った。あの子にはすぐに目を逸らされたけど。

 あの子が誰なのか早く調べないと。


 一時限直前の僅かな時間に職員室に行く。

 ドアを開けて職員室の中に入って行くと何とあの子が俺の方に向かってくる。真正面から見てしまった。

 またドキンとする。両手にいっぱいの配り物を抱えている。

 その時だった。

「おーい寺本」

 あの子が振り返る。

「悪い。これも一緒に頼む」

 寺本。図らずもあの子が寺本さんであることが分かってしまった。

「じゃぁ持って行くだけですよ。教壇の上に置いておきますからね」

「おお、それでいいよ。助かる」


 担任から受け取った配り物を教室に持ち帰り教壇の上に置くと俺はそのまま生徒会室へと向かう。

 この時間ならまだ類が残っているかも知れない。

 生徒会室のドアをノックし開けると案の定南山寺類なんざんじ るいがまだ残っていた。

「拓真。どうしたの?」

 類は俺が生徒会室に来たことに驚いているようだ。

「ちょっと登校時に気になった子がいたんだ」

 嘘をつく。バレないでくれよ。

「気になったって?」

 類が不審そうに俺を見る。

「通学途中で見かけたんだ。危なっかしい子。事故になる前に指導した方がいいかもと思って」

 交通指導ね、と類がホッとするのが分かる。

「でも、まだ交通委員は決まっていないし」

「元交通委員のよしみで僕がやってやってもいい」

「すぐした方が良さそうかしら?」

「緊急性はないけど早い方がいい。僕がやるのであればね。後でいいなら新委員にしてもらいたい」

「誰なの?」

「名前は分からないんだ。ウチの制服だったんだけど見たこともない女の子。多分、新入生かな? と思った」

「今、やりましょう」

 名前も分からない新入生のことを新年度の委員に引き継ぎしてまでなんて面倒なことはしたくないという類の性格が味方してくれた。


「今年の名簿あるか?」

「ここにあるわ」

 類が新入生の載った今年の生徒名簿を俺に渡す。これが見たかったんだ。

 一年一組から見ていく。

「名前は分からないんでしょ?」

「名前は分からないんだけど名札の漢字に『』が入ってたような気がする」

 特定されないように寺本の『本』ではなく『木』と誤魔化す。てらもと、てらもと、と。

 いた! 寺本聖てらもと せいという名前を見つけた。

『sei』だ。間違いない。あのハンカチの『sei』は名前だったんだ。クラスは一年一組。


 早々に目的は達成したが念の為とアリバイ工作を兼ねて六組まで確認を続ける。

「『木』が入ってる名字は多いなぁ」

「それだけじゃ特定出来ないんじゃない?」

「そうだね。今度見かけたらその場で注意しておくよ」

「その方がいいかもね」

「手間を取らせたね」

「ううん。これくらい何でもないわ」

「恩に着る。じゃぁ」

 本当に恩に着るよ。

「あっ、拓真! 待って」


 俺は後ろに向けて手を振り生徒会室を出てそのまま教室へ向かった。

 類の気持ちには気付いていない訳ではないが俺はそれに応えてやることは出来ない。小さい頃から類をそういう対象に考えたことは一度も無い。

 寺本聖と出会ってしまった今では尚更のことだ。


 昼休みは売店で買って来たパンを中庭で食べた。

 この場所は結構な俺のお気に入り。

 この昼休みの時間を見計らってたまに突撃してくる勇猛果敢な女子もいるが、この俺だけの憩いの場所を邪魔されたくはない。そう言う女子には特に厳しい言葉を使って追い返す。

 その時だった。

 ――じゃぁ、あの根暗そうな寺本聖には緑化委員でもさせておこうよ

 寺本聖という言葉が耳に入って来た。

 聞こえて来た方向を振り返ると渡り廊下を歩いている女子生徒が三人いる。この時期は制服がまだピカピカなので新入生だとすぐに分かる。


「いい考え」

「緑化委員って水やりなんでしょ? 面倒めんどい仕事は根暗女にピッタリだわ」


 ああいう女は嫌いだ。性格が悪い。あの優しい子の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。

「聖は緑化委員かぁ」

 俺は小さな声で呟く。

 よし賭けてみるか。



 午後からは各委員会の委員を決めていく。

 代表委員に推薦(押し付け?)されたが丁重にお断りして辞退した。去年の前期もしたので今年は譲りたいと言うもっともらしい理由で。

 今年度はどうしても成らねばならない委員ができた。

 そのクラスの委員会決めも大詰め。やはりと言うべきか緑化委員にはなり手がいない。人気の委員会から順々に立候補者が出て決まっていく。

 そろそろかな。

「僕、立候補します」

 司会をしているさっき決まったばかりの代表委員に手をあげる。


「拓真はどこに立候補するんだ?」

「僕、緑化委員でお願い」

「お前、緑化委員でいいの?」

「ああ。そうしてくれ」

「誰もなり手がいないから助かるし、いいけどさ」


 立候補者がゼロだった緑化委員になるのは容易たやすいことだった。

 後は、あの子が緑化委員に追いやられていることを神に祈るのみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る