第3話 集合写真の中の元カノ ー 寺本奈々美

 店の裏口のドアが開いて娘の聖が顔を出す。

「じゃぁ、行ってくるね」

「気を付けるんだよ。入学式、出れなくてごめんね」

 私は娘の聖に謝るが、いつの頃からか聖は家業を十分に理解してくれるようになっていた。

「ううん、大丈夫。行ってきまーす」


「聖もとうとう高校生か」

 お客様が切れたタイミングで夫の明生あきおがレジ横にいる私の側に来る。

「早いね。ついこの間生まれたと思ったのに」

「でも、あいつが『龍星大学窪川高校を受験したい』って言い出すとは思わなかったな」

「どういう風の吹き回しなんだろうね」

「奈々美、何か聞いてないか?」

「中学では色々あったしね」


 ホント、中学校ではあの娘は色々な事件に巻き込まれた。

 もうちょっと明るくてハキハキした娘だったら誤解もされずに済んだんだろうけど。

「それで結局、佳知よしともくんのことはどうなったんだ?」

「聖としては恋でも何でもなかったみたい。ただ、あのこはお友達が極端に少ないから大事なお友達を相手のに取られちゃった感はあるかな」

「相手のは産むんだっけ?」

「もうすぐ産まれるんじゃないかな? 二人が結婚できる年齢になったら入籍するらしいよ」


 聖は昨年、中学校で虐められた時にコッソリと助けてもらっていた仲良しで幼馴染の佳知くんが同じクラスの女の子を妊娠させてしまった後しばらく落ち込んでいた。

 佳知くんと聖の仲が良いのは以前から周知の事実で、その為に随分と男女の仲を揶揄からかわれたりもしていたし虐めにもあっていた。

 先生やクラスメイトなど周囲の人たちも聖と佳知くんが異性として好意を持っている好き同士だと思っていたようで、佳知くんが他の女の子を妊娠させるということがことだけに学校の先生は「失恋か?」と信じ切ってうつむきがちな聖に色々と聞いてみたようだった。

 でも、聖がうつむいていた原因は『好きだった男の子が他の女の子を妊娠させた』ことではなく『仲が良かったお友達がいなくなっちゃった』からだった。

 さすがに彼女を妊娠させた男の子とは聖も前みたいに親しくは出来ないと思ったらしく「今回も相手の女の子から誤解されちゃったのがそもそもの事件の発端だし」と言っていた。

 そう。妊娠した女の子は佳知くんが好きだったので佳知くんと仲の良かった聖に嫉妬していた。そして偶然がいくつも重なって聖が妊娠したと誤解したその女の子は聖と同じ立場にならなければ彼を取られてしまう! と佳知くんを誘惑するに至ったのだと言っていた。

 ところが、聖は妊娠はおろか佳知くんのことを仲のいい友達としか考えていなかったのだ。全貌が分かってしまえば何とも言えない事件であった。

 女の子は出産する選択をして佳知くんが十八歳になったら結婚することになった。


「ピアノも弾かなくなっちゃったよね」

 もう一つ去年の夏に事件が起きた。あの一件から聖は大好きだったピアノに一切手を触れていない。

「話してあげたんだけど『そんな作り話』って聞く耳を持たないんだもん。ああ言う思い込みと言うか一途なところはホント明生あきにそっくりだよ」

 夫はバツが悪そうに頭をかく。


 聖は昨夏に一つ学年が上の先輩からのお誘いでバンドのキーボードの助っ人として音楽コンテストに出場した。

 決勝戦まで残る快挙に私たちは娘の活躍を喜んだのであるが、最後の最後に聖は弾き間違いをしてバンドは七位に終わった。

 決勝戦後、聖は責任を感じて仲間たちとの連絡を全て断ちピアノにすら触れることはなくなった。

 実はバンドの仲間たちからあの日に起きた本当の話を伝え聞いた私が聖に話をしたのだけれども全く取り付く島がない有様だった。


「ただ、龍星窪川あそこに通うようになれば私たちの高校時代の色々な関係に気付く可能性も増えるよ」

 まだ、私たちには娘の聖に話していない青春時代のちょっと苦い想い出がある。

「聖だってもう十分に理解出来るさ」

「元カノの存在に気付かれたらどうするの?」

「正直に話す」


 本当に?

 未だに夫は高校時代に付き合ってた元カノを忘れられずにいることを妻である私は知っている。

 でも、夫は私とその元カノさんが交わした秘密の約束を知らない。


「正直も何もいつも写真の中そこから明生あきと寺本食堂を見守り続けてくれているじゃない」

 私は店の壁に飾られている額縁に入った一枚の集合写真を指差す。

 そこには先代の店主である夫の両親と高校生だった頃の私と夫の寺本明生あきお、そして夫が当時付き合っていた元カノさんが一緒に写っている。

「もうあれから十七年も経ったんだな」

 懐かしそうに写真を眺めながら夫がポツリと呟いた。

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