第24話 お持ち帰り

 ネプチュン鳥島を発つ日の朝、墓地の丘。


 アルチュンドリャたちの墓にお別れの挨拶をして、〈たま交わしのまじない石〉を土に埋め、あらためて慰霊のまじないをドーレマがかけた。デューンは、この島へ自分たちを結びつけてくれたアルチュンドリャを、ナオスガヤさんと同じ恩人のようにも、もうひとりの父のようにも感じながら祈りを捧げる。よちよち歩きのフュリスは、澄んだ眼差しを、ぴっちぃを抱いたまま墓標へ送り、ネプチュン鳥たちと遊び始める。



 墓の前に咲く花をドーレマが一株、素手で引っこ抜いた。ビイル薔薇とグラナテスが交配した、カルブンの花だ。

「えっ?」

 デューンが仰天する。

「純正のビイル薔薇じゃないからいいよね? じいちゃんのバラ庭に植えるわ」

「・・・お、おくさん・・・こりゃまた大胆なことを・・・」

 あっけにとられるデューン。

「あっちで育ったら、精油製造もジュピタンでやれるかもだけど・・・。もしこの島のビイル薔薇みたいに大繁殖して始末に負えなくなったらどうするの?」

 でも・・・パトスが死ぬまで堪えながら抱え続けた哀しみを、自分たちもひとカケラだけでも共に担えるなら、それから、パトスとメリッタの魂に慰霊の祈りを届けられるなら、この花はそれにふさわしい象徴になる。交配種だけれど、幻想的な佇まいと香りにビイル薔薇の特徴を残しているし、ドーレマの言うように純血じゃないから、大繁殖せずに済むかもしれない。なにより、ビイル薔薇が第三の新種の植物へ生まれ変わったのだ。カルブンによって、パトスの魂はビイル薔薇の面影をなぞる悲しみを乗り越えるべきなのだ。


 かれらの周りをふわふわ飛び回り、フュリスとぴっちぃと遊んでいたネプチュン鳥たちがチュンチュン話しかけてきた。ドーレマにはネプチュン鳥語はわからないが、ぴっちぃとデューンには理解できた。

『ジュピタンにカルブンが増えすぎたら、私たちが飛んで行って食べてあげる』

 ネプチュン鳥たちはそう言ったのだ。

 悠久の昔、海の神様ネプチュン様がうっかり寝過ごしてメンテナンスを怠ったせいで大繁殖しちゃったビイル薔薇。それを処理するためにネプチュン様が取り急ぎ大雑把にこしらえたのが、ビイル薔薇の葉と花粉を主食とするネプチュン鳥だ。グラナテスはまだ食べないが、近年、交配種のカルブンの味を覚えて食べるようになった。ネプチュン鳥の姿は半透明で、島外では子どもの目には見えないから、詳細を追及されずに済むようプログラミングされている。そのへんは神様も上手いこと創ったものだ。

「そうだね。パトスさんたちのお墓の前にも植えようか」

 ドーレマに倣ってもう一株引っこ抜くデューンの優しい声にぴっちぃも頷く。



 港の検疫を通るときは、ドーレマが花の生気の気配を消すまじないをかけてすり抜けた。とんでもない繁殖力をもつビイル薔薇は島外持ち出し厳禁。カルブンも、まだ成分の分析途中なので同様。よその国へ持ってっちゃいけないのだ。

 検疫検査の職員は、さすがにプロ。まじないでも隠しきれない微かな香りに気づいていた。しかし、デューンと目が合い、どこかただならぬ決意と覚悟の色を読み取り、敢えて詰問せず、見て見ぬふりをしたのだ。普段あまり人と目を合わせないデューンが、それでも人と目を合わせるときは、社交辞令の場合を除いて、相手を怯ませるほどの眼力を発揮する。

 検査官は、デューンの無言の圧力と、ドーレマのあっけらかんとした厚かましさを装った素振りの勢いに気圧けおされて、

「あ、び・・ビイル薔薇のポプリをお持ち帰りで・・・どうぞ良い香りをお楽しみくださいね、はは・・」

 愛想笑いでスルーさせてしまった。

〈・・・ま、いっか〉

 こういうとき、おばちゃんって便利なのだ。


 こぢんまりしたネプチュン鳥島の港に、ナオスガヤさんはじめ、会社の幹部社員の皆さんとケーメくん、それからロージー夫妻が見送りに来てくれた。ひとりひとりとハグをしてお別れの挨拶をする。ケーメくんは、

「では再来週、お約束の日にジュピタンへ参ります。よろしくお願いします」

 大切な任務と希望を満身にまとい、凛々しく爽やかな笑顔で手を振る。



 ぴっちぃを抱っこしたフュリスをデューンが抱っこして、ドーレマがデューンに手を添えて、デッキに立ち、綿菓子のようなバラ色の霞に包まれたネプチュン鳥島を、遠くへ見えなくなるまで見ていた。

「なんか・・・夢のような日々だったわ、ネプチュン鳥島」

「これから、夢を現実にしていくんだよ、ぼくたちが」

「そうね」



 客室へ戻って休んでいると、ぴっちぃがリュックの中から石さんたちの入っている巾着袋を取り出し、紐をほどいた。


 シトリン水晶のピアスをデューンがドーレマの耳につけてあげて、ぴっちぃが手鏡でドーレマに見せた。

「あぁ、ありがとう! なんて素敵なピアス! 名まえも顔も知らない親だけど、私への思いが込められているのね。それから、V茄子様とデューンとぴっちぃちゃんの思いやりも!」

 涙ぐみながら喜ぶドーレマの頬をデューンが撫で、そのまま耳たぶにキスしたから、ドーレマはくすぐったい。

 ぴっちぃはちょっぴり胸が痛んだ。デューンたちはとても自然に愛情を伝え合っている。

〈うちのパパとママも、こんなふうに素直に愛情表現ができていたら、もっと幸せになれたかもしれない。ふたりとも言葉が足りなかったり、そのくせ余計なことを言ったり、気持ちを伝えるのが下手だったから・・・〉


 目下ぴっちぃのご主人さまはフュリスで、デューンとドーレマも準ご主人さまみたいなものだけど、なにしろぴっちぃは虚体の身だ。やはりぴっちぃの実体の、本当のご主人さまはママなのだ。ママはもう人生を生き終えてしまい、あれやこれや片付けるべきことや物を残したまま、この世からいなくなった。

 幸せそうな若いデューンたちと比べたって仕方がないのは解っている。ママが周りの誰に対しても気持ちを素直に表わして愛情を注ぐことができなかったのは、誰のせいでも、何かに責任があるわけでもない。肉親への愛情が、妥当な表現のしかたを覚える前に、カオス的な激情から未分化のまま、ブロックされていた。その感情と一緒に、傷つけられたくない、触れられたくない何かを、壁の中に囲い込んで防御していた。でもその壁はときに脆くて、洗練されていないドロドロの感情が割れ目からこぼれ出てしまっていた。そんなふうにぴっちぃにも解るようになったころ、ぴっちぃの実体も行方不明になり、ママとの魂の絆が消えかけた。

 Damin-Gutara-Syndrome治療のために、ぴっちぃたちはあの世のもーにちゃんの助けを借り、たくさんの人たちの親切に支えられながらソーラーシステム各地を旅してイヤシノタマノカケラを集め、それらをママの寝息から吸収させた。それからの後半生、ママの魂は少し持ち直したが、劇的に回復したわけではなかった。テッラへ帰り着いてから突然ひゅるひゅるとくっついてきたヌレオチババの気配が、イヤシノタマノカケラたちの後に続いてママの息のなかへ入っていった。Damin-Gutara-Syndromeがとうとう完治しなかったのはおそらくヌレオチババの作用だ。そいつはママが背負わなくてはならなかったごうみたいなやつだ。


 ドーレマにもデューンにも、そのようなごうがまったくくっついていないわけではないだろうし、これから生きていくなかでごうを背負い込むことだってあるかもしれない。なにもかもが潔癖で幸せな人生などありはしないのだ。それでも、ドーレマたちのように根っから素直な人間と、ママのようなひねくれた人間との間には、悲しいかな、やはり応報の格差があるのだ。


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