第15話 つながる運命

 ネプチュン鳥島ではアルチュンドリャの両親がこの一年の間に相次いで亡くなり、実家の遺品をナオスガヤさんが整理していた。アルチュンドリャが生前大事に使っていたレイヤとのたま交わしのまじない石と、以前デューンが調べていたノートは、処分せずに会社の資料室に保管してある。

 レイヤからアルチュンドリャの両親へ送られていたグリンの写真は、ナオスガヤさんが持っている。親友であり仕事仲間でもあり、魂の一部がつながっているみたいな同志であったアルチュンドリャの面影を、ナオスガヤさんはグリンのなかに感じ、自分の娘と同じように愛しく思うのだ。

 フォーチュンドリャの遺品の一部は、ロージーに受け取ってもらうことにした。ロージーはフォーチュンドリャと十年近くつき合っていたし、ロージーの夫メカノフくんは、ナオスガヤさんの会社とパートナー企業の蒸留器メーカーの技術者だ。フォーチュンドリャが生前勤めていた会社でもある。メカノフは先輩のフォーチュンドリャを慕い、フォーチュンドリャが亡くなった後、彼の元恋人ロージーと愛しあい、結婚した。



 会議の合間、デューンたちはナオスガヤさんと共にロージーの家を訪ねた。娘のバーラちゃんが結婚してネプチュン鳥島を離れ、ロージーは夫のメカノフと二人で暮らしている。

 ぴっちぃもロージーとは大切な思い出を共有している。およそ30年ぶりに会い、すっかりおばさん(というよりおばあさんに近いかな?)になったロージーの胸にぴっちぃは飛び込み、頬をすりすりした。

 遠くテッラから絶海の孤島ネプチュン鳥島へ、二度もやってきたぬいぐるみというのも珍しい。いや、ぴっちぃだけだ。

「ぴっちぃちゃん、なんて不思議な巡り合わせ! まさかあなたとまた会えるなんて! かっぱっぱちゃんとぺんちゃんは元気?」


「・・・・・」


 一緒にロージーに会えるはずだったかれらの運命の話をしなくてはならなかった。


 ドーレマも、ロージーとぴっちぃとの縁について教えてもらった。その縁は、アルチュンドリャと、弟のフォーチュンドリャに関わる出来事によるものだ。


 フォーチュンドリャは、子どもの頃から病弱ではあったが、ちゃんとした〈病名〉が判明したのは、マーズタコのソーラーシステム第四大学在学中のことだ。

 発熱や呼吸困難をどうにかやり過ごす方法を、自分なりに身につけていたけれど、あるとき、どうしても具合が悪くなり、親友のテク野くんが医務室へ連れて行ってくれた。そのまま医学部附属病院へ入院となり、検査を受けると、保護者が呼ばれた。遠くネプチュン鳥島から父親が駆けつけ、そこで、治療法のない病気であることが告げられたのだ。

 病名は最後まで、ロージーには言えなかった。ロージーが、

『早く元気になってね~』

 なんて明るく言ってくれると、なんだか本当に病気も治ってしまうのでないかと思えてくる。フォーチュンドリャの体調について細かく詮索してこないロージーの大雑把さは、彼には救いでもあったのだ。正直なところ現実逃避でもあった。


 第四大を卒業し、ネプチュン鳥島の大手蒸留器メーカーに就職したフォーチュンドリャは、一年前に同じ大学を卒業して故郷へUターンしていたロージーと、週末ごとに会っていた。互いの家へも行き来していたから、双方の両親も、ふたりがこのまま結婚するのだろうと考えていた。

 ロージーがまもなく29歳になるという頃、いい加減ケジメをつけてちゃんと結婚したい、と、ロージーのほうから〈プロポーズ〉した。そしたらフォーチュンドリャは、

『ロージー、きみはいい人を見つけて幸せになれ』

 と言い、ロージーの申し出を断わった。いつまで無事でいられるかわからない身体で、ロージーの将来を拘束したくなかった。

〈優柔不断どころか無責任だ〉

 自分でも申し訳なかった。ロージーと一緒にいると心地よいものだから、ずるずるとつき合っていたけれど、彼女の将来を本気で考えるなら、もっともっと早くに別れるべきだった。

 それからおよそ一年後、ロージーが30歳の誕生日を過ぎてまもなく、フォーチュンドリャは亡くなった。29歳の誕生日まであと少し、という時だった。


 直後にロージーは休暇を取り、学生時代の想い出の場所マーズタコ湖を訪れた。ネプチュン鳥島に滞在し、フォーチュンドリャの臨終にも一緒に立ち会っていた旅のぬいぐるみたちが、ロージーの傷心旅行に同行してくれた。

 そこでロージーたちの前に現われたひと柱のアナザフェイトも、フォーチュンドリャの優柔不断さを責めていた。このアナザフェイトは、ロージーとフォーチュンドリャの子。可能性のひとつとして成った、〈生きられなかったもう一つの運命〉アナザフェイトn番ちゃんだ。本名(個体識別番号)は、桁数が多すぎて本人も覚えていないらしい。


 デューンは12年前、グリンと一緒に来島したときに、アナザフェイトn番ちゃんについてはロージーから聞いていた。閉鎖的な生態系を憂慮するネプチュン鳥島関係のアナザフェイトたちがグリンに、マーズタコ湖底で見つけた〈種〉を託した。(そう。グラナテスの種だ!) その事務連絡係としてグリンの夢に入ってきたのがn番ちゃん。

 あのときのテーマは、その〈種〉を蒔くべきかどうかという問題だったから、ロージーとフォーチュンドリャの物語はデューンも詳しくは知らなかった。



 ロージーの夫のメカノフは、フォーチュンドリャが勤めていた蒸留器メーカーの後輩技術者だ。長いつき合いではなかったけれど、メカノフも穏やかな人柄のフォーチュンドリャが好きだった。グリンのちょっとした仕草に、グリンの叔父であるフォーチュンドリャの面影が垣間見える、とメカノフは言っていた。


 あのとき20歳の学生だったデューンは32歳になり、ちいさなフュリスちゃんを抱く優しいパパになった。ロージーがいちばん最初に会ったときは、デューンがちょうど今のフュリスちゃんくらいのよちよち歩きだった。それはアルチュンドリャが獄死してしばらく経ったころ、レイヤさん一家がやってきてひと月ほどネプチュン鳥島で過ごしたときのことだ。32歳といえばアルチュンドリャが亡くなった年齢だ。


 ロージーたちが抱く印象として、デューンはアルチュンドリャたちと血のつながりはないけれど、繊細そうで、みんなから一歩引いて聞き役に徹する控えめな佇まいがフォーチュンドリャの姿と重なり、目を伏せる横顔にストイックな精神が見え隠れするところなどはどこかアルチュンドリャを思わせる。

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