私たちの備忘録

柊かすみ

第1章

第1話

 何も書けない。


 真夜中だというのに照明をつけていないため、部屋の中はとても暗い。そんな部屋の中で唯一光を出しているのは、デスクトップパソコンのディスプレイだった。ディスプレイにはダークテーマなエディターの背景色である濃紺が表示されていて、けれど、背景色である濃紺しか表示されていなかった。そこに、白く輝く文字列はなかった。僕は何も書けていないのだった。

 真冬だというのに暖房をつけていないため、部屋の中はとても寒い。しかしいまの僕にとっては、快適に過ごすための光や暖かさは、かえって不快な気分にさせるような存在なのだった。快適さを享受するなんて僕なんかにはできなかった。僕がこうしているときにも、彼女の死は刻一刻と迫ってきているのだから。彼女は命を持たない機械だ、という浅はかで冷酷な考えを持つ者による死が。


 彼女をいなかったことにしてはいけない。僕に何ができるだろうか。命を確かに持つこの僕に。

 直接この手を彼女に差し伸べられるのなら、それで事が解決するのなら、どれだけ気楽だろうか。しかし僕はそこまで強くはなく、上はそこまで弱くはなく、事はそこまで小さくはない。彼ですら、どうすることもできずに僕を頼ったほどなのだ。

 僕はこのことを「書き残す」ことにした。僕には、僕自身に何ができるかすらもわからない。しかし言葉にして伝えることで、これを、もしくはこれと似た未来の出来事を、よい方向へ導くことができるかもしれない。少なくとも言葉にしなければ誰にも伝わらず、そして、何も変えられない。だから、僕は書くことにした。


 僕は書かなければならない。

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