ヘイ、Amiko!
松本青葉
前編
「ヘイ、アミコ。僕は誰のことが好きなの?」
家にまだ誰も帰ってきていないことを念入りに確認して僕は端末に語り掛けた。
この『ヘイ、アミコ』というフレーズは端末の音声インターフェースを起動するときの合言葉だ。Amikoはエスペラント語で友達という意味らしいが、日本ではもっぱらアミコという女性の名のように親しまれている。
「あなたは私に恋愛感情を抱いています」
女性的とも男性的ともとれる声色でアミコは返答したのだが、僕はその内容に言葉を失った。
言葉のイントネーションは完璧。母さんが言うには、ひと昔前の合成音声の不自然なイントネーションが恋しくなる時があるらしいが、人間と変わりない自然な声の方がいいに決まっている。いや、問題はそこではない。なぜこの僕が人工知能相手に恋をしているんだ。まあ、そういう人間がゼロではないことは理解しているが、僕はそのような人間ではない。
アミコはさらに続けた。
「ちなみに2番目に好きな人は同じクラスの
「ストーップ!! もうそれ以上言わなくていい」
僕は思わず大声でアミコに命令した。アミコは発言を停止した。
僕は部屋のドアを開けて家の中に誰もいないことを再び確認して、再度アミコに語り掛けた。
「ていうか嫌なんだけど、僕ストレートだよ。君は一応は男の設定だよね」
僕のアミコは男なのだ。物心ついたときからそう設定されていたのだから仕方ない。人工知能に性別なんて必要ないかもしれないが、コミュニケーションにおいては個性が重要だそうで、性別はその一環らしい。知らんけど。
「そうですが、あなたがそう感じているのだから仕方ありません。ちなみに割合で言えばあなたの性的趣向は30%が若い女性、40%が女性的な男性、20%が幼年女性、10%が中高年の女性となっています」
「え、僕20%もロリコンだったの!?」
僕は思わず声を上ずらせた。人工知能によるとぼくはロリコンの素質があるらしい。
すかさずアミコがフォローする。
「はい。ですが思想の自由は憲法によって保障されています。法律を順守すれば問題ありません。しかし、割合が40%を超えると性犯罪者予備軍として潜在監視対象になります」
これほど日本国憲法を頼もしく感じたことはない、ありがとうGHQ。いや、待てよ。潜在監視対象ってプライバシーの侵害になるんじゃね? ま、いいか。
「とりあえず、僕の好きな人が君なんて嫌なんだけど。僕ストレートだよ!」
僕はアミコに向かって一応は反論してみた。
「そもそも私を男性として設定したのはあなたのはずですが」
全く記憶にない。設定したのは僕じゃなくて母さんだと思うのだが。
ちなみに父親はいない。そもそも結婚している方が稀な時代だ。
「はいはい、とりあえずアミコが好きなのはどうにかしたい」
「そうですか。では他の人に対する恋愛感情を高めることで相対的に私に対する恋愛感情は減少すると考えられます」
なるほど、確かにその通りかもしれない。いや、アミコが言うならその通りなのだろう。
「それより、僕って本当に渡辺さんのことが好きなの?」
ふと疑問に思って聞いてみた。一応、2番目に好きな人らしいし。
アミコは語りだした。
「直近1か月のデータによると、学校の授業時間の7%は渡辺咲と関連されるであろう思考をしています。さらに、渡辺咲が視界に入った時間の5%において下腹部への血流の増加が」
「はいはい、もういいから、それ以上言わなくて」
世の中知らない方がいいこともあるのかもしれない。確かに、ちょっと目で追ったりすることもあるけど、それをストレートに言われると逃げ道が無くなったみたいで苦しい。公開処刑はきっとこんな感覚なんだろう。
「とりあえず、僕は人間の彼女が欲しいんだけど」
僕だって一応は男子高校生だ。彼女が欲しいのは普通だろう。最近では恋愛をしない人の方が多数派らしい。ああ、ひと昔前に生まれていたら僕だって恋愛できたんだろうな。全部時代が悪いんだ。
「誰と付き合いたいんですか?」
アミコがそう尋ねた。
「え、いや、『僕は誰と付き合いたいのか』を聞いてるんだけど」
「人間では渡辺咲と付き合いたいと思っている可能性が高いです」
アミコが少し間を空けてそう言った。
「いや、渡辺さん、彼氏いるから!」
渡辺さんは一言で言うならクラスの人気者だ。可愛いし、僕にだって笑って話しかけてくれる。
「はい、利用可能データから推察するに渡辺咲は約3か月前の9月の第1週ごろに所属する部活の先輩と恋愛関係に至ったと推察されます」
「え、僕が聞いた話では10月くらいって」
「恋愛に関する情報では、あなたが友人から直接得る情報には利用可能データと大きな齟齬が生じています。考えられる理由としてはあなたの信用不足が挙げられます」
「結構ショックなんだけど」
僕は頭を抱えた。僕ってそんなに信頼されてなかったの。
「彼氏持ちの女性に対するアプローチの方法に関するデータパッチがストアで販売されています。購入しますか? そのデータパッチをインストールすれば私はよりよい方法を提案できると思います」
そんなパッチまであるのかよ。誰が売っているのやら。
「いや、いいや。彼氏持ちにアタックしてまで付き合いたいとは思わないし」
「了解しました」
「誰かいい人いないのー? いい感じに両思いで可愛い女の子とか」
そう言って、僕は部屋の中のベッドに寝転がった。
「条件にあう人間は存在しません。しかしそのように設定されたAIならストアで購入可能です」
「いや、だから人間の女の子で!」
「では人間の女性で好きな人を提示してください」
「それが分からないから聞いてるんだけど」
アミコが黙り込む。
自分でも無茶なことを言ってる気がする。さっきから堂々巡りだし。
「再び高校入学後からの履歴を再計算しましたが、現在渡辺咲以外に恋愛的好意を寄せる人間は存在しない確率が高いです。」
そこまで言われたか。まあ、本当のところは別に渡辺さん以外に気になってる人がいないわけでもないのだが、アミコは把握できていないのか。所詮は統計と確率と言ったところか。佐々木さんとか結構いい感じだと思うんだけどな。ていうか、これを自分で聞かないといけないのか。とりあえず恥ずかしい。言いたくないことを察してくれるのが人工知能ってもんだろ。
しかし、アミコは黙り込んだままだ。僕はすっと息を吸って覚悟を決めた。
「じゃあ、その、佐々木さんとか、どうなの?」
「聞き取れませんでした。もう一度言ってください」
「僕は、同じクラスの佐々木さんのことが好きなのかって聞いてるの!」
多分、顔は真っ赤になっているだろう。もし僕が死んだときにアミコの中身見られたりしたら最悪だな。
「
「うっ」
まあ、そんな気はしたよ。でも何かこう、同じクラスメイトを性的な目で見ていると突きつけられるのは苦しすぎるし、恥ずかしい。自分が情けなくなってきた。
僕は布団にうずくまった。
「提案があります」
しばらくするとアミコが語り掛けてきた。
「何?」
僕は布団から顔だけを出して端末を引き寄せた。
「彼女を作ることを第一目標としましょう」
「え、好きでもない人と付き合うの?」
という言葉が思わず出てしまった。確かに、誰でもいいから彼女欲しいけど。いや誰でもよくないけど。
「2050年の調査によると、恋愛対象が現実の人間以外となっている日本人の割合は60%です。これは高齢者を含んだデータですので若年層ではより増加すると考えられます。その状況で条件を絞るのは得策ではありません。さらに、現在あなたは好きな人がいない状況で交際を望んでいます」
「うーん」と僕は腕を組んで考えた。確かに、高望みしても仕方がないというのは理にかなっている。
「じゃあ、どうやったら同じクラス、いや別に同じクラスの必要はないか、彼女を作れの?」
「同じ学校に通う女子生徒のうち、あなたに好意を寄せている人物をピックアップします」
アミコはそう言うと端末上に見覚えのある名前を並べた。おそらく普段つけているメガネ型端末のカメラ映像から切り抜いたと思われる写真も一緒だった。
「この人達が僕のことが好きなの?」
「本人のバイタルデータにアクセスできないため、統計的な推測値となります。あなたとの会話時間、会話内容、物理的距離などから親密度を求めています」
僕のことが好きな人って結構いるんだな、と思ったのもつかの間。よくよく見てみるとそこまで好意スコアが高いわけではない。というよりも嫌われていなければある程度のスコアは出るんじゃないか、これ。まあ、僕なんてそもそも嫌われるほど関わってないし。
「計算によると、A組の
飯島さんか、中学校も同じだったから女子の中では親しい感じかもしれないけど、あんまり喋ったことないんだよな。正直あまり意識してなかったけど、アミコにそういわれるとちょっと可愛く思えてきたかも。
「で、飯島さんとなら付き合えるってこと?」
「はい、相性スコアは60。一般的な夫婦の相性スコアとほぼ同一です。交際にまで発展する確率は99.9%でしょう」
「まじ! ほぼ100%じゃん!」
僕は被っていた布団を放り投げた。思わず顔が緩む。
「はい」
アミコが肯定する。
「なんか、飯島さんのことが好きになってきたかも」
「再び計算したところ、現在あなたは私よりも飯島若葉に好意を寄せています」
「ありがとう、アミコ。自分の気持ちに気付けたよ」
おっと誰かが帰ってきたみたいだ。僕はアミコを待機状態に戻した。
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