殺し屋マンション定例会
『――――来年九月に予定されている大規模修繕については変更ありません。それとは別に、今月は敷地内立体駐車場のエレベーターベルト交換で六十万円の出費が発生。本年一月時点のマンション管理費積み立て金の目標達成率は5029%。余剰金はマンションの防衛設備増設と、運び屋として活動して頂いている
「ふわぁ~…………」
目の前にあるノートパソコンから聞こえてくる事務的な声に、僕はあくびを噛み殺しながらも頑張って耳を傾ける。
時刻は夜の九時前。
今日は殺し屋マンションに住んでいるみんなで参加する、〝定例会の日〟なんだ。
昔は実際に役員の人が集まって話し合いや連絡をしてたみたいだけど、今みたいにウェブ越しでやるようになってからは誰でも見て、誰でも参加できる方式に変えたって前に山田さんが言ってたっけ。
『ふむふむ……わかりました。〝
『私が好きでやっていることなので。では、次は殺し屋殺しとしてのマンション全体の活動と状勢についてです。オーナー、お願いします』
『はい、ではここからは私が――――』
今まで画面の中で一番大きく表示されていた眼鏡の女性――――河井さんの顔が、他のみんなのウィンドウと同じ大きさに小さくなって、代わりに画面一杯のアフロヘアをもしゃもしゃさせた山田さんが拡大表示される。
一応、自分の顔をカメラ越しに画面に表示させるかどうかは自由なんだけど、〝百個以上ある小さなウィンドウ〟には、半分くらいはみんなの顔が映ってた。
起きてるのか寝てるのかよくわからない、目を閉じたまま腕組みしてる
『えー、まずは皆さんご無事で何よりっ! 先月も怪我人はいましたが住民の皆さんで命を落とした方は一人もおりませんでしたっ! これで当マンションとしては初の快挙となる、半年間に及ぶ〝
「わーっ! すごいすごいっ! パチパチっ!」
画面の中でクラッカーを鳴らし、タンバリンやよく分からない笛を吹き鳴らして大喜びする山田さん。僕もそんな山田さんの姿に笑顔になって、パチパチと手を鳴らした。あ、エリカさんもちょっと笑ってるっ!
『やはり皆さん無事であることが一番です。どうか、これからも殺し屋殺しとしての仕事が失敗することなんて気にしないで下さい。危ないと思えば、すぐに逃げれば良いのです。まずは何より〝生きて帰ること〟――――皆さんが生きてさえいれば、当マンションはいつだって皆さんの家として在り続けますので』
どこかしみじみとした様子でそう話し始める山田さん。
山田さんのお話は、〝いつも〟こうして始まる――――。
僕は山田さんについて何も知らない。
悠生の話では、山田さんも〝円卓の殺し屋だったらしい〟んだけど、悠生も円卓に居た頃に山田さんらしき人と会ったことも、話を聞いたこともないんだって。
悠生は僕と同じで、それこそ五歳とか六歳の頃から円卓の殺し屋として活動してた。そんな悠生でも山田さんのことが分からないんじゃ、他の誰にも分かるわけがない。
普通、僕たちみたいな殺し屋がそんな正体不明な人のことを信頼することはまずないんだけど――――でも僕は山田さんのことが好きだし、信頼してる。
僕だって、山田さんとそんなに話したことがあるわけじゃない。それでも、山田さんの話す言葉の節々から滲む僕たち元殺し屋や、その家族のみんなへの想いに嘘はないって感じるから――――。
『では、依頼の遂行状況はこのくらいにして――――皆さんも既にご存知かと思いますが、先月末に起こった六業会の軌道エレベーター掌握と、それによる状勢の変化についてですね。この件については
『とっくに知ってるよ。この時は小貫に
『それで仕留めたのが〝六業会の太陽〟だって? 新年早々景気がいいねぇ……!』
「アハハ……ど、どうも……」
山田さんの話題がこの前の戦いに移ると、それまで聞いてるだけだった他のマンションのみんなからも声が上がる。
そ、そりゃそうだよね……あの戦いは僕も何度も死ぬって思ったし……。
普通にニュースとかにもなっちゃって……っていうか、顔まではバレてないけど完全に僕とか映ってるし……。
『これで円卓は鋼の王の一時的な離脱と、虎の子の機動要塞ノアを失いました。対して六業会は九曜の日が負傷し、大ボスである〝太極さん〟の大幅な後退を余儀なくされています。一時は六業会が攻勢を強めていましたが、また状況は五分……もしくは円卓優勢に逆戻りでしょうねぇ』
『それ全部〝拳の王のせい〟ってのがちょーウケるんだけど。マジでハデにやりすぎじゃん? ヤバくない?』
『確かに……月城さんも小貫さんも、どちらも身に降りかかる火の粉を払っただけではありますが、戦果があまりにも〝大き過ぎる〟。当然、双方の組織からも相当に睨まれています。ですので、私としても今から春先までは殺し屋殺しの活動は控えめにしていこうと思っています。皆さんにはご迷惑をおかけしますが――――』
山田さんは太い眉毛を八の字にして、本当に申し訳なさそうにそう言った。
でも当然それを聞いた他のみんなから反論はなし。
さっき山田さんも言ってたけど、後ろ盾もなしに殺し屋の世界で生きていく時に一番大事なのは引き際なんだ。この二ヶ月、悠生と僕はあまりにも〝目立ち過ぎた〟。
これでもし六業会と円卓が、〝まずは一緒に殺し屋マンションを潰そう〟ってなったりしたら、いくら殺し屋マンションに住む僕たちみんなが強いっていっても絶対に勝てない。
だから、山田さんの下した〝しばらく大人しくする〟っていう判断は、マンションのみんなからしても当然の判断だった。
『ご理解頂けたようでなによりですっ! ではでは最後に――――実は本日、〝野良殺し屋〟が起こした襲撃事件がご近所でありまして。これをその場に居合わせた月城さん夫妻とサダヨさんが見事鎮圧して下さったそうなんですよっ! ですので月城さん、簡単にご報告をお願いできますか?』
『ああ――――実はちょいと〝面倒なこと〟になっててな』
そうして――――。
いつもはこれで終わるはずの定例会の最後。
山田さんに促されて話を振られた悠生は、珍しく困ったように首を傾げて、眉間に皺を寄せたまま、みんなの前でゆっくりと口を開いたんだ――――。
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