その少女の意味
エリカと俺が出会ったのは四年前。
俺が
〝虐殺の二月〟によって殺し屋の存在が世に知られるようになり、そして空に浮かぶ月は二つに割れた。
あれ以降、かつてはオカルトやお伽噺だと思われていた超常の力。異能の力を持つ者が現実となって現われ始めた。
エリカもそんな〝殺し屋ではない異能者〟の一人だった。
自分の力の制御方法が分からず、戸惑い、困惑し。そして――――自らの手で、大切な者全てを焼き尽くしてしまった〝ただの少女〟。それがエリカだった。
「――――行くぞ」
未だ焦げ付いた臭いと煤の舞う一帯。間もなく夜明けを迎える小さな町の外れで、俺はまだ十一歳になったばかりの少女――――エリカ・リリギュラに出発を促す。
白と黒のケープを纏い、銀色の髪を細く長い三つ編みにしたエリカは、震える瞳を俺と廃墟と化した町の間で行き来させ、俯いた。
「私……これから、どうなるんでしょう……?」
「さあな……悪いが、それは俺の管轄外だ」
「そんな……っ。じゃあ、私は……こんな酷い事をした私が……〝生きている意味〟は……? どうしてまだ、私は……っ」
その青い瞳から大粒の涙を零し、うっすらと白い雪の積もる大地に膝をついてうなだれるエリカ。だが俺は表情一つ変えずに彼女を暫く見下ろすと、こう言った。
「〝意味なんてない〟。お前にも、そして俺にもだ。だが――――」
嗚咽を漏らしながら俺を見上げるエリカの視線。
俺はその視線を正面から受け止めながら、ただ手を差し出した。
「お前がそれ以上苦しみたくないのなら、俺についてこい。そこで泣いてるよりは、その方が幾らかマシだろう」
その言葉に深い意味は無かった。
俺をまっすぐに見上げる青い瞳にも、その時おずおずと俺の手を取った小さな少女の手の平にも。その時の俺は、何の意味も見出してはいなかった――――。
――――――
――――
――
「ようこそ。お待ちしていました、マスター……」
「…………」
要塞内部へと突入し、永久の気配へと突き進んだ先。
最深部も間もなくという位置に設けられた巨大な長方形の空間。
そこで俺を待ち構えていたのは、かつて雪の積もる廃墟で俺の手を握った少女――――エリカだった。
「お前がここに居るってことは、永久はこの先で間違いなさそうだな」
「ええ……マスターの仰る通り、〝
「さあな。だが、ひょっとするとこれが〝愛の力〟って奴なのかもな」
「ッ……!」
エリカと俺が対峙する距離は数十メートル。
しかし、遙か遠くから響く重苦しい駆動音以外一切の音が消えたこの空間では、エリカの憎悪に満ちた歯噛みする音は俺の耳にもはっきりと聞こえた。
「……ッッ! うらぎり……もの……ッ! 裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者……ッッ! この……ッ! 裏切り者があああああああああ――――ッ!」
「…………」
灼熱。
エリカの絶叫がホールに響き、それと同時に室内の温度が一瞬で急上昇する。
視界が歪み、エリカを中心とした円状に床が赤熱する。
「裏切り者――――ッ! あの時……私に〝ついて来い〟って……ッ! 俺について来いって……言ったのに……っ!」
狂気を宿したエリカの瞳。
しかしその瞳からは止めどなく涙が流れ落ち、そして瞬時に蒸発する。エリカの背に〝燃え上がる篝火に祈りを捧げる少女〟の聖像が顕現し、〝
「円卓も……私の想いも……! お前は全てを裏切った――――ッ! その罪、命で償え……〝
「……受けて立つ」
エリカが空間から生み出した爆炎の渦。
その色は〝蒼〟。
まるで氷のように冷たく、青く輝く灼熱の炎。そしてその炎の色は、エリカがその力を余すことなく限界まで解放しきったことを意味する。
相当な耐熱性能を持つはずのホールの鉄板があまりの高温に歪む。
のたうつ蒼炎がいくつもの頭を持つ竜のように首をもたげ、俺目掛けてその
常人ならばこの距離でも既に炭化し、燃え尽きているであろう灼熱。
だが俺はただまっすぐに蒼炎の中に立つエリカだけを見据え、左拳と左足を前に。
静かに拳を握り、一瞬で焼き尽くされ、残り僅かとなった高温の大気を取り込む。
「来い。〝今度こそ〟、悔いの無いようにな」
刹那。
エリカを中心にとぐろを巻く蒼炎の竜が、狂気を伴って俺へと迫った――――。
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