神の待つ船


〝機動要塞ノア〟


 それは〝虐殺の二月〟を経て世界の覇権を握った円卓が、全世界の富を絞り尽くして建造したオーバーテクノロジーの塊だ。


 全長1000m。全幅370mの人類史上類を見ない巨大な構造体。

 しかもこいつは馬鹿げたことに〝空を飛び〟、その上自力で〝宇宙空間に到達可能〟だ。


 搭載されている総火力は、これ一基で大陸一つ滅ぼせるほどだと聞いている。

 まさか、俺がこの化け物を相手にすることになるとはな――――!


「見つけた――――! ターゲット、高度12000mオーバー!」

「さすがだあおいさん、よく間に合わせてくれた」

「当然! さぁ――――このまま一気に行くよっ!」


 音速を超えて加速する碧さんの可変機。

 たしか〝ムラサメ〟とかいう名前だったか。


 一万メートルを超えて闇と星空の中に飛び出したムラサメは、両翼のスラスターから青白い尾を引いて飛翔。


 闇の中に瞬く人工的な明滅の集合体――――薄く伸びた雲海を裂いて飛ぶ機動要塞ノアの後方へと迫る。


 深い夜の黒の中にあって更に黒いその巨体。各部で点滅するまるで街明かりのような輝きだけがその存在の輪郭を俺たちに伝える。


 しかし碧さんは一切躊躇せずに更に加速。

 一瞬にしてノアの下部と後方で閃光を放つ八基の巨大スラスター部分に到達する。


 だがいくらムラサメが高性能なステルス性を備えていると言っても限界はある。

 ついに敵の接近を察知したノアの火器が一斉に目覚める。


 肉薄したムラサメ目掛け、まるで濁流のような火砲と熱線。そして無数のマイクロミサイルが一斉に放たれる。


「ハッ! 一機相手に大人げない――――ッ!」

 

 視界が傾き、回り、そして同時に襲いかかる全方位からの強烈なG。それは上下の感覚を一瞬で奪い去り、ただぐるぐると回る闇と降り注ぐ火線だけが認識できる全てとなる。


 もはや人間が乗っていることを全く考慮していない人外の機動。もし俺たちが殺し屋でなければ、恐らくこの体にかかるGだけで即死していただろう。


「クヒッ……! キラキラ……いっぱい! イイッ!」

「ア、アハハ~……サダヨさんが楽しそうでなによりです……っ! うぷっ……吐きそう……っ」

「三人とも準備して! ここで撃ち尽くす――――!」


 どう見ても人間が躱しきれる量を超えた弾幕の渦。だが碧さんは即座に左右の計器類を操作し、ムラサメの両翼から炎の尾を引くフレアとチャフを同時に全弾展開。

 機体を限界まで加速させ、千切れながらもその原型を残す眼前の雲海へと突入。熱線を躱し、火砲を躱し、誘導ミサイルを躱しきり、白雲の渦を巻き上げながら雲海から離脱上昇。見事ノアの直上甲板部分へと肉薄してみせる。


「行きな悠生ゆうせい――――っ! 絶対に永久とわちゃんと一緒に帰ってくるんだよ!」

「ありがとう碧さん、後でケーキでも持ってお邪魔するよ。もちろん、二人でな――――!」

「よ、よし……! 僕たちも行きます! 今度こそ……ちゃんとやるんだっ!」

「ククク……ッ! 待ちわびたよ……ッ!」


 飛び出す。

 ムラサメの下方から降下した俺を、極寒の大気が切り裂く。


 俺はまだムラサメへと追いすがる滝のような弾丸と熱線の全てを光速拳で叩き落とし、蹴り弾きながら落下。


 俺と同じく即座に飛び降りた鈴太郎りんたろうが両手を広げ、遠ざかるムラサメに迫る攻撃の一切を、その手から放たれる波紋で無力化したのを確認する。


「やろう悠生……! 君の大切な奥さんを、無事に家に送り届けるまで!」

「ははっ! ようやく暖まってきたな鈴太郎! なら、始めるぞ――――!」


 瞬間。ノアめがけて急降下する俺と鈴太郎が眩い閃光を放つ。

 それは聖像イコン、そして曼荼羅まんだら。 


〝輝く太陽と放射状に広がる陽光〟そして〝Lord Fistロード・フィスト〟の文字。普段なら、それは俺の拳に浮かび上がるはずの聖像。


 だがこの時と場においてそれは〝俺の背に顕現する光輪〟へと変わり、居合わせる全ての殺し屋への〝塵殺の宣戦ドゥームズデイ〟となる。


〝この宣戦に応答はいらない〟


 この俺の名を……この聖像を目にした〝全ての殺し屋を叩き潰すまで〟、俺の拳が止まることはない――――!


 そして俺の聖像に並ぶように、鈴太郎の展開した曼荼羅もまた巨大な光輪を描く。


〝九柱の神〟が曼荼羅の中にはっきりと浮かび上がり、月と銀。そして水を司る一柱の神が鈴太郎へと重なる。


 その神の名――――〝सोमソーマ〟が後光と共に夜の闇に浮かび、それもまたこの場から絶対に退かないという鈴太郎の覚悟を示した。


「クヒヒヒ……! 眩しい……ッ! 眩しいねぇ……! アタシはずっと……このキラキラの傍にいたい……ッ!」


 宣戦布告を終え、乱気流渦巻くノアの甲板へと降り立つ俺と鈴太郎。そして普段通りのサダヨさん。


 離れていても全貌が掴めないほどの巨大な機動要塞は、一度降り立ってしまえば地上にある軍の基地とさして変わらない景観だった。


 だが俺には分かる。


 ここまで近づけば、永久がどこに囚われているのか。

 俺には手に取るように分かる――――ッ!


 俺たちの突入と同時。機動要塞の至る所からけたたましいアラートが響く。

 無数のサーチライトが一斉に灯り、周囲におびただしい数の殺し屋の気配が迫る。


 サダヨさんが不気味な笑みを浮かべて箒を構え、鈴太郎が俺たちの周囲に無数の波紋を浮かべた。


 正面を見据える俺は静かに呼気を整え、未だ灼熱を帯びた拳を握る。


 そしてこんな辺鄙へんぴな場所まで付き合ってくれた二人の仲間と頷き合うと、永久の熱を感じる場所目掛け、加速した――――。




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