彼女の価値
「ん……?」
「ふふ……」
あたたかで柔らかな白いシーツが敷かれたベッドの上。
目を覚ました俺の視界は、その大きな瞳をまっすぐ俺に向けて笑みを浮かべる
「ん、おはよう……何見てたんだ……?」
「おはようございます……少しだけ早く起きたので、それからずっと
「んむっ……!?」
まだ目の開ききってない俺の口を永久は一切の躊躇無く塞ぎ、さらには肌着だけを纏った滑らかで暖かな肢体全てを絡めてくる。
艶めかしい肌と肌の触れ合う感触が俺を驚かせ、そしてすぐに落ち着かせた。
「ぷはぁ――――! ごちそうさまでしたぁ……やっぱり朝はこうでないと、起きた気がしませんよね……? ふふ……っ」
「俺の顔なんてゴツいだけで大して良くないと思うんだが……。いつもありがとな……永久」
「はい……ん……っ」
そう言って笑みを浮かべ、俺も永久の小さな体を抱き寄せる。
俺の太い腕に抱きすくめられた永久はまるで猫のように喜びの吐息を漏らし、俺のするように任せた――――。
あの日。永久を連れて円卓を裏切り、逃げ出したあの炎の記憶。
思えば、あれから今日まで本当に色々あった。
円卓を裏切った俺と永久の逃亡生活は二年にも及んだ。俺も永久も、何度となく死にかけた。
逃避行の初め、俺は笑うことすら出来なかった。永久の小さな体に触れることすら躊躇した。
永久を怖がらせたくなかった。
俺みたいな殺し屋が、惚れただの好きだのと勝手を言って身柄を預かる。普通の女なら、そんなことをされれば恐怖しか無いだろう。
だから、俺は笑おうとした。
少しでも永久を安心させたかった。
危害を加えるつもりはないと伝えたかった。
鏡の前でなんとか笑みの形を作ってみては、その自分の顔のあまりの不気味さに、何度も心が折れそうになったのを覚えている。
「んっ……ちゅ……ふふ。悠生の笑い方……大好きです……もっと……ん……もっと……見たいです……」
「それは……永久が教えてくれた……」
「私だって……っ。ん……っ……あっ――――」
互いについばむような口づけを交し合い、腕と言わず足と言わず全身で絡み合う。
俺は永久の肌着の下に手を滑らせると、彼女のぬくもりをより深く味わうために、一層強く永久を抱き寄せた――――。
結局、俺たちが朝食を食べ終わる頃にはすっかり陽が昇っていた。永久はいつも通り最強にかわいかったッッッッ!
――――――
――――
――
「おはようございます、マスター。そして永久様。この身を助けて頂いたこと、心から感謝いたします……」
時間は間もなく正午。
永久と一緒に準備を済ませた俺は、昨晩俺たちが助けた少女――――エリカ・リリギュラと会っていた。
場所は殺し屋マンションから徒歩数分の洒落た珈琲専門の店だ。
個人経営で、ここが店だと知っている奴じゃなきゃぱっと見普通の民家にも見える。
俺たちは店のテラス席に座り、こうしてエリカから直接事情を聞いていた。
「そう畏まるなって。堅苦しいのは相変わらずだな」
「ここまで大変だったんじゃないですか? まだ殺し屋マンションにも入れませんし……何かあれば、いつでも私たちに相談してくださいねっ!」
「優しい……マスターは昔から……それに、そのマスターが選んだという永久様も、会ったばかりの私なんかのために……っ」
笑みを浮かべてそう話す俺と永久に、エリカはまるで信じられない物を見たとばかりに瞳を潤ませた。
こうして会うのは二年ぶりだが、実はこいつはちょっと……まあ、少し思い詰めるとヤバいところがある。うん。
「そこら辺は気にしなくていい。だが、まずは教えてくれないか。なんで円卓を抜けた? お前の力なら、俺の後釜だって十分狙えただろう?」
「それは…………」
丸いテーブルを挟んで正面に座るエリカに、俺は真剣な口調でそう尋ねる。
エリカは強い。
彼女の強さは、円卓の殺し屋の中でも間違いなく上位だ。
昨日の夜、もし俺と永久が来なかったとしても。恐らくエリカは周囲の被害を気にしなければ、一人であの二人を倒すことも出来ただろう。
「マスター……。貴方は私にとって、誰よりも恩のある大切な人です。それは、マスターが円卓を裏切っても変わりません。だから――――」
俺の眼差しをまっすぐに見つめ返し、エリカはその青い瞳に強い意思を込めて言葉を続けた。
「だから……伝えに来たんです。円卓は、〝
「…………そうか。ってことは、次に来るのは…………」
「はい…………遠からずここに〝王〟が来ます。マスターを殺し、永久様を円卓に連れ戻すために……」
緊張の面持ちを浮かべ、僅かに震える声で発せられたエリカのその言葉。
俺は横に座る永久と目を見合わせ、静かに頷いた――――。
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