その夫婦、最強


 頭上に煌々こうこうと輝く割れた月。

 夜の街の喧騒は遠い。


 殺し屋という異能者の存在が世に知れ渡り、世界全体の治安レベルは大きく低下した。今じゃ、こんな路地裏に好き好んで来る奴なんていない。そう、俺たちのような奴らを除いては――――。


「〝拳の王ロード・フィスト〟。我ら円卓の最上位に居座る〝九人の王〟の一人……まさか、その王自らが円卓を裏切るとは……耳にした時は驚いたものだ」

「ハッ! 俺も好きで〝そんな椅子〟に座ってたわけじゃないんでな」

「言ってくれるな…………私を初め、一体どれだけの殺し屋がその椅子に座るために命をかけていることか……ッ!」

「そんなに座りたいなら勝手に座ればいい。丁度俺のところが空いてるだろ?」


 俺の発したその言葉に、目の前に立つ痩身痩躯そうしんそうくの男――――カウントレスは、得物である蛇腹剣の柄を握りしめ、ギリと奥歯を鳴らした。


 互いの聖像イコンを確認し、殺し屋としての名乗りを終えた俺とカウントレス。俺の背後からは永久とパペッティアの激しい戦いの音が響き、エリカが自身の炎を鎮めて後ろへと下がる。


 俺たち殺し屋には、決して犯すことの出来ない〝鉄の掟〟がある。

 殺し屋の力を保持し続けるのなら、誰であろうとその掟を破ることは出来ない。


 たった今やって見せた〝聖像による名乗り〟もその一つだ。

 エリカが聖像を見せなかったと言うことは、エリカはこの場を俺と永久に任せ、〝戦う権利を放棄した〟ということになる。


「ならば――――そうさせてもらおうッ!」


 カウントレスが動く。


 奴の持つ蛇腹剣に連なった無数の刃が蛇の様にうねり、周囲を囲むコンクリートの壁面をあっさりと両断しながら俺を包囲する。

 そしてそのまま突風に煽られた木の葉のように舞い上がった無数の刃が、俺を中心にして斬殺の渦を巻く。


 僅かでも触れればぐずぐずの肉片になる塵殺じんさつの結界。

 並の殺し屋なら、ここから逃げることは出来ないだろう。


「いい技だ……!」

「っ!?」


 だが残念なことに、俺は〝並の殺し屋〟じゃない。


 瞬間、俺は周囲に渦巻く数百の刃、その全てを〝超光速の拳〟で撃ち落とす。

 俺の拳を受けた刃全てが一切のタイムラグ無しに砕け散る。


 そして次の瞬間。すでに俺はカウントレスの目の前へと肉薄していた。


「馬鹿、な……どうやって……ッ!?」

「〝数え切れないカウントレス〟なんて名前の割には刃の数が少なかったな。出直してこい」


 勝負は一瞬。

 

 自身の得物を破壊され、カウントレスがその目を驚愕に見開くのと同時。

 閃光すら上回る俺の直突きがカウントレスの鳩尾に突き刺さる。


「グ……ッ! ハ……ッ!?」

「これが俺の拳だ。リベンジなら、いつでも受けて立つ」

 

 そして叩き込まれた俺の左拳が燃えるような熱を放ち、カウントレスの右手に描かれた〝聖像を破壊〟した。



 円卓の殺し屋、カウントレスは〝死んだ〟。

 昏倒して俺にもたれる痩せた男は、もう殺し屋じゃない。



 あまりにもあっけない幕切れ。


 だが、そこらの殺し屋なら俺の名前を聞けばすぐに逃げるところだ。

 昨日の〝アイスマン〟といい、最近の奴らはなかなか気合いが入ってるな。 


〝カウントレスだった男〟の体を雑に床に降ろすと、俺は背後の闇へと目を向ける。勿論そこでは――――。



「キィィィィハハハハハッ! どうしたアヴァター!? 〝最も神に近い殺し屋〟の力はその程度かよォ!?」

「んー……どうなんでしょう? パペッティアさんはどっちの方がいいですかっ?」

「馬鹿にしてんのかッ!?」


 そびえ立つビルの狭間。

 垣間見える火花と電流の放射。


 純白のロングコートをはためかせ、自身の左右に銀色に輝く〝二丁の50口径マグナムを随伴〟しながら飛翔する美しすぎる永久とわと、路地を埋め尽くすように展開した無数の鉄球同士で電流の結界を構築したパペッティアが交錯する。


「ふっふーん! そんなの当たりませんからっ!」

「チッ……! こっちの予測値より動きやがる……!」


 パペッティアの繰り出す鉄球は凄まじ勢いで永久に襲いかかるが、眩しい程に美しい永久はそれを踊るように躱し、夜の空を飛び回る。控えめに言って心臓が止まりかける程かわいい。


 そして鉄球を躱すと同時、永久の周囲に浮遊する二丁のマグナムが自動でパペッティアへと狙いを定めてその弾丸を撃ち放つが、パペッティアもまた放たれた弾丸に自身の鉄球をぶつけて無力化する。なるほど……このパペッティアとかいう鉄球野郎、〝永久と同じタイプ〟の殺し屋か。


 永久の持つ力は、人知を越えた超能力だ。


 永久の力にかかれば自由自在に空を飛ぶことも、生身の人間ではまとに発砲することも難しい50口径マグナムを完璧に制御することも簡単なこと。


 永久のサイキッカーとしての力は全ての殺し屋の中でも頂点に位置する。

 つまり、その永久と似たような力を使うパペッティアの運命は――――。


「さあ! 次はこっちからいきますよっ!」

「馬鹿が……! させるかよッ!」

「えっ!?」

 

 だがその時。俺の予想を裏切ってパペッティアは奥の手を仕掛ける。


 永久の操るマグナムが地面へと落下し、永久自身もまた力を失って冷たい地面へと盛大に落ちてしまった。ぬおおお……!? 俺の可愛い永久の丸くて小さなお尻がっ!?


 本来ならすぐさま助けに入りたいところだが、今回の相手二人は曲がりなりにも正当な〝殺し屋としての掟〟に従って戦っている。


 ここで俺が割り込めば、それは逆に永久の力を削ぐことになる。

 それに――――俺の最愛の妻の力はこの程度じゃない!


「あいたーっ!? はわわ……お尻から落ちちゃいましたよぅ……」

「かかったッ! 俺が何の策も用意しねぇで神の近似値アヴァターに挑むと思ったか!? この鉄球にはな、〝お前の力を殺す金属〟が使われてるんだよ……! 死にな、アヴァタァァアァァァァッ!」


 尻餅をついてお尻をさする永久めがけ、パペッティアは背負っていたバックパックを解放。残された全ての鉄球を展開し、圧倒的質量を持って永久を潰しにかかる。しかし――――!


「はわぁ……びっくりしました……」

「な……っ!?」

「よっこいしょーっと! ――――あなたっ! なかなかやりますね!? 本当に本当の、ちょっぴりだけ怖かったですっ!」


 永久に迫っていた数百もの鉄球の機動が、突然空中でピタリと止まる。


 永久はぶつけたお尻をさすりながら立ち上がると、そのすらりと伸びた細い指先を眼前のパペッティアにビシィっと向ける。


 するとパペッティアの顔が一瞬で青ざめ、酸欠になったようにぱくぱくと口を開き、小刻みに痙攣する。


「あ、あが、が……!? ナンデ……お前の、力は使えない、はずじゃ……!」

「ふっふっふーん…………! 特別に教えてあげますけど、実は私って皆さんと戦う時はいつもすっごく〝手加減〟してるんです。私の全力が100だとすれば、普段は1くらいしか出してませんっ! なので、今だけ1から2にしましたっ!」

「ば……ばけ、も、の…………ッ」


 呼吸を封じられ、ついには白目を剥いてぐったりと倒れるパペッティア。

 パペッティアの手の平に輝く聖像が砕け、霧散する。


 完勝……ッ! 

 結局、終わってみればやはり俺の永久の圧勝だった。当然だなッッッッ!


「あはっ! やりました!」


 純白のコートを翻し、笑みを浮かべて暗い路地の上をくるりと回って見せる永久。


 俺はそんな永久の姿を、ホルスターから取りだしたスマホのカメラでひたすら撮りまくっていた。具体的に言うと100枚くらい。


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