触りたいけど触れない

烏川 ハル

前編

   

 アメリカから帰国して一年目の夏。

 お盆休みを利用して、僕は久しぶりに生まれ故郷の田舎を訪れた。


 無人駅の改札を出れば、小さな駅前広場。かつては個人商店がいくつかと安食堂がひとつという寂しい場所だったが、今では立派なコンビニと洒落た喫茶店が建っていた。

「あれから二十年。そりゃあ変わるよなあ」

 僕が田舎を出たのは、中学に上がる時だ。親の転勤による引っ越しだが、今思えば、あまりにもタイミングが良かった気がする。もしかしたら「子供が小学校を卒業するまでは」と言って、転勤の話を待ってもらっていたのかもしれない。

 あれ以来、ここに戻ってくる機会はなかったのだから……。

 懐かしい気持ちで胸がいっぱいになり、僕は歩き始めた。


 駅前から三十分くらいで、民家も商店も見えなくなる。道の両側に広がるのは青々とした田んぼであり、その先を眺めても、視界に入るのは遠くの山々ばかり。でも、この何もないのが心地よかった。

 聞こえてくるのは、うるさいほどの蝉の鳴き声。かんかん照りの太陽に照らされて、じっとしていても汗が出てくる。そんな中、鼻腔に広がるのは、都会とは違う独特の匂い。緑の香りだった。

 田舎に帰ってきたという実感が強くなる。


 さらに一時間くらい歩いたところで、ぽつぽつと民家が見えてくる。子供の頃の僕たちにとって、この辺りからが村という認識だった。

 昔の友達も、まだ何人かは住んでいるのだろうか。会ってみたい気もするけれど、今さら顔を合わすのも気恥ずかしい。そもそも今回の帰省は、特に訪問先の目当てもなく、ただ子供の頃に遊んだ場所を歩き回りたいだけだった。


 子供の頃に遊んだ場所。そう考えた僕の足は自然に、山の麓にある墓地へと向いていた。

 村人の遺骨が納められる場所であり、間違っても子供の遊び場などではない。でも黒や灰色など、地味だが少しは色のバリエーションもある墓石が、ニョキニョキと屹立している場所。そこは子供には面白く感じられていた。

 大人たちからは「夜は墓場でお化けが運動会しているぞ」と脅されたが「だったら昼間は大丈夫」という理屈で、僕たちの仲良しグループは、よくかくれんぼをして遊んだ。小さな子供が隠れる物陰として、墓石はちょうど良い大きさだったのだ。


「でも今見れば、この程度のサイズだよな……」

 実際に墓地に入ってみると、全体の敷地も建てられた墓石も、僕の記憶より遥かに小さかった。これが大人の目を通して見える世界なのだろう。

 少し複雑な気持ちで、墓石を見て回る。僕の家族の墓はここにはないが、当時の友達の家は違う。みんな、この墓地のはず。実際、墓石に刻まれた家名は、記憶にある名前ばかりだった。小学校の友達のお父さんやお母さん、近所のおじいちゃんやおばあちゃんなども、既にこの中だろうか。

 そんなことを考えながら……。

「ここ、吉見さんの……!」

 一つの墓石の前で足が止まる。

 仲の良かった女の子、吉見さんの家の墓だ。

   

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