第26話 アポロ号

ミユはカート置き場にあった二人乗りの改造カートを思い出した。テーマパークで使われていたゴーカートを改造したものだ。あれなら普通のカートよりも重量が重く、大会規定の二五〇キロに近そうだ。徳弘を探して、使っても良いかどうか尋ねる。


「涼さん、あの二人乗りのカートをテスト機として使っても良いですか?」

「アポロ号のこと?」

「そんな名前が付いてるんですか?」

「うん。遊園地のマスコットキャラの太った猫の絵がついてるでしょ。あれ、アポロっていうの。だからアポロ号」

「へぇ」


「でもどうしてアポロ号をテスト機に?」

「改造されたアポロ号なら重量も大会規定の二五〇キロに近いし、普通のカートよりも実際に近いデータがとれると思うんです」

「なるほどね。そういうことなら良いと思うよ。新歓の時にしか使わないし、もう新歓もほとんど終わってるからね。結局、テンテンしか来なかったけど」

「そうですね……」


徳弘の許可を得たところで早速、必要なセンサー類をアポロ号に取り付ける作業に取りかかる。

まず、GPSレシーバーの取付マウントを取り付ける。カート部のガレージには溶接機があったので、アポロ号の後部にアーク溶接でマウントを取り付けた。ジャイロセンサーの取り付けは、アポロ号の重心と思われる場所にボルトで接合した。速度センサーは、タイヤに取り付けて、信号を送る配線を束ねる。あとはそれらのセンサーと、センサー信号を記録するパソコンとを繋げれば良い。


「センサーの測定値を走りながら記録するのに、ノートパソコンが必要なんだけど、テンテン持ってる? できれば頑丈なやつ」

舞は作業をしながらミユに尋ねる。

「普通のパソコンは部室にありましたけど、頑丈なやつ、というと?」

「震動と水に強い防振・防水タイプのパソコンがあれば良いんだけど」

「ちょっと聞いてきますね」


何人かの部員に聞いて回ったけれども、そういうノートパソコンはなかった。ただ、パソコンを収集しているコンピュータ研究会というものがあり、そこに行けば貸してくれるかもしれないという情報を得ることができた。


教えられたとおり、研究会の活動している教室に行ってみると、実際にタフそうなノートパソコンがあった。聞けば、砂漠で活動する米軍でも採用されているモデルらしい。


ダメ元で貸してもらえるように頼むと、すんなり了承してくれた。というのもパソコンを収集したり組み立てたりすること自体が研究会の活動だそうで、パソコンを何かの目的で使用する機会はないため、誰かが役立ててくれれば、それはそれでありがたいそうだ。


コンピュータ研に丁寧にお礼をいって部室に戻る。

カート部員達と二人乗りのカートの後部のシートを取り外し、ぽっかり空いた空間にウエイトを取り付けて車両の重量が二五〇キロになるように調整する。そしてウエイトの上に緩衝材を敷き、その上に借りてきたパソコンを設置してセンサーのケーブルに繋いで、データ収集の準備を整えた。


テストドライバーはミユが担当し、できるだけいろいろな条件で測定できるように、速く走ってドリフトしたり、ゆっくり走ったりした。

そうやって十数周したところで測定を切り上げて、GPSや、速度センサ、ジャイロセンサーといったEMU(慣性測定装置)で収集され記録されたデータを、ノートパソコンで確認する。解析ソフトを立ち上げると多少のノイズが乗っているものの、データは問題なく取れているようだった。


それらの生のデータに基づいて、リアルタイムで横すべり角を計算して推定できているかを確認したけれども、そちらはうまく機能していなかった。つまり、タイヤがどれだけスリップしているのかをうまく推定できていない。原因は、すぐに特定できた。センサーのノイズと測定漏れが原因のようだ。特に測定漏れを起こした変数は、値がゼロになり、別の変数をそのゼロで割ってしまい、答えが無限大に発散するゼロ除算エラーを引き起こしていた。


舞が言うには、こういうことはよくあることだから対処も簡単だそうで、パソコンのソフトウェアで高速フーリエ変換なるものを実行してノイズの周波数を除去するか、ローパスフィルタ回路といったハードウェアでノイズを除去し、測定値が漏れたところは前後の値から適当に補間することで解決することができるとのことだった。


アドバイスの通りにプログラムを組み直すと、今度はうまく機能し、横滑り角が推定されているようだった。


推定された値を縦軸に取り、横軸を時間にしてグラフ表示すると、不規則な波形を描いた。コーナーでは横滑りするので、縦軸の振幅が大きく、つまり横滑り角の推定値が大きく、逆にストレートでは、車体は真っ直ぐなので横滑り角はほぼゼロになっている。コーナーでドリフトしたときは、縦軸の振幅が特に大きくなっている、つまり横滑り角の推定値が特に大きくなっていて、それは、ミユの記憶と一致し、満足いく結果となった。

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