第27話 道場破り
「ちょっと、何ですか? 急に困りますよ」
カート部員の声が響き、ミユたちは作業の手を止めて、声のする方を見た。
カート部員が、部室兼ガレージの入口で誰かを制止しているが、それに構わず入ってくる人たちがいた。
意外なことに、その一人は、学生自治会員の
それを見て、「あ、やば」と舞が呟く。
礼はガレージに入るなり、ガレージの内部をぐるりと見回して、そこに
「溝渕、あんた一体どういうつもり?」
カートの隣で作業をしていた舞に、礼が詰め寄る。まずいことになったと言いたげな表情を浮かべる舞。
礼はカートに取り付けられたジャイロセンサーをめざとく見つけた。ジャイロセンサーには、テプラでメカトロ研と書かれている。
「それって、メカトロ研のジャイロセンサーじゃないの?」
「いや、これは、あの、そうとも言えるし、そうじゃないとも……」
「そうとしか言えないと思うけど?」
「はい、すみません」
「ロボコンまで時間がないのに、備品まで持ち出してカート部の手伝いって、溝渕のチームが担当してるマニピュレーターの制御プログラムはもう終わってるの?」
「それは、その……」
「まだ終わってないでしょ?」
「はい、すみません」
舞が目を伏せる。ミユは申し訳なくなって、「舞先輩は悪くないんです」と舞をかばった。
礼はミユを一瞥して「天雲は黙ってて。あなたには関係ない」ときつく言う。
「いえ、全部私がお願いしたことだから、私の責任です」とミユは食い下がる。
「それは違う」礼はミユを睨む。「他人の頼みなんて断れば良い。それをせずに付き合ってるんだから、溝渕が悪い。溝渕、メカトロ研から持ちだした物を回収してさっさと持ち場に戻りなさい」
舞にメカトロ研の部室に戻ることを促した。
舞がいなくとも改造計画を進められないわけではないが、当初の計画から遅延することは明らかで、最悪の場合は大会に間に合わない可能性もあり、これまでの努力が水の泡になってしまうかもしれない。それだけは避けたいミユは、なおも食い下がる。
「もう少し、もう少しだけ、お願いします。舞先輩はレースの優勝のために必要な人なんです」
「優勝? 優勝だなんて、軽々しく言わないでもらえる? 天雲は本当にアイアンレースで優勝できるだなんて思ってるの?」
「はい、たぶんですけど」
「どうやれば優勝できると思ってる?」
「それは、みんなでがんばって、なんとかします」
その返答は香西の失笑を買った。
「いい? 勝負ってのは、事前にどれだけ準備してきたかで結果が決まる。それでも、時の運もあるから、どれだけ努力を尽くしてがんばっても、最終的に勝てる保証はどこにもない。がんばってなんとかなるなら、全員優勝できるよね」
「それでも……、それでも私は勝つことを信じて、みんなとできることを最後までやりたいんです」
ミユはまっすぐに香西を見返す。
香西はその視線を受け止め、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「天雲が悪あがきするってのは分かったわ。でも、それには実力が伴っていないとダメ。身の丈に合わない望みを抱えて悪あがきするのは、破滅的な手詰まりを招くだけだから。そこまで言うのなら、まず、その実力を示してもらいたい」
「と、おっしゃいますと?」
「溝渕を賭けて、天雲と溝渕のレース勝負なんてどう? 溝渕が勝てば、溝渕のことは諦めてもらう。でも万が一、天雲が勝てば、この件について考えてあげても良い。受ける?」
「分かりました。私は構いません。舞先輩は?」
「私も構わないけど、でも……」
何かを言いかけた舞を制止して、香西は続ける。
「レースの条件だけど、こっちは、バイクで出場する。溝渕、あんたのバイクの重量と馬力ってどれくらいだっけ?」
「ええと、確か、一五〇キロくらいで、エンジンは一二〇ccの一二馬力くらいだったと思います」
「分かった。だったら、天雲は一〇〇ccのカートで良いかな?」
香西は、ミユの乗るマシンとして排気量の小さい一〇〇ccのカートを指定した。排気量は小さいが、カートの重量は一〇〇キロ程度なので、一〇〇ccでも充分加速する。むしろ、バイクよりもコーナーの安定性が高いカートの方がまだ有利と言える。ミユに反対する理由はなかった。
「はい。構いません」
そう答えると、香西はにやりと笑った。
「ただカートは重量が軽いし、天雲は経験者だそうだから、カートに五〇キロのウエイトを積んで、車体の重量をイーブンにすること。それが呑めないなら、この話はなかったことになるけど」と言った。
「香西先輩!」
舞が批難するような口調で言った。
「せっかく、あんたに有利にしてあげてるのに、あんたはどっちの味方なの?」
重量が同じなのに、エンジンの排気量も馬力も小さいとなると、ミユに不利な条件だった。しかし、それはあくまでも技量が同程度ならばの話だ。直線だけの最高速度勝負ならいざ知らず、サーキットでのレースなら、その程度の不利な条件なら素人に負けるのは考えられない。にもかかわらず、香西の態度は、舞の勝利を信じて疑わないような、そんな違和感があった。
「……分かりました」
ミユは、いぶかりながらも条件を呑んだ。受けないという選択肢はなかった。
「レースは、それぞれ単独でサーキットを五周回して、一番良いラップタイムで競う」
転倒の恐れが高いバイクとの接触事故を防ぐという意味で、それに異論は無かった。
「日時は、明後日の放課後でいいわね? 天雲には、一日だけセッティングと練習する時間をあげる。ただし、溝渕は練習禁止。本番の捨てラップで練習してね」
「どうしてですか?」
「どうしてもよ」
有無を言わせず約束を取り付けて、香西礼は帰っていった。
メカトロ研の乱入で部活を続ける雰囲気ではなくなったので、カート部もその日はそのまま解散になった。
寮までの道すがら、「ゴメンね。私のせいで、大変なことになっちゃったね」と舞はミユに謝る。
「いえ、そんな、謝らないといけないのは私の方です」
「私からすれば勝ち負けなんてどうでも良いんだけどさ、手を抜いたらすぐバレて、余計にコジらせるだけだろうから、やるしかないよね。テンテンが勝てば、それで良いわけだし、私が勝ったら、それはそれでなんとかなるよ、多分だけど」
ミユは、さきほどの違和感を思い出した。ブランクがあるとはいえ、経験者のミユと競り合うほどの技量を、舞が持っているのか、それが全く読めなかった。分からないなら、聞けば良いとミユは思う。
「あの、一つ聞いて良いですか?」
「いいよ。なに?」
「舞先輩って、バイクレースとかやってました?」
「あー、うん、実は小学生の時にね。でもコーナーでコケて怪我してからは怖くなってやめたんだ。お父さんにも反対されたし」
「え、そうだったんですか」
「そうだよ。でも不思議なもので、時間が経つとまた乗りたくなって、トライクを買ったんだけどね」
「なんだか、私と似ていますね」
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