第23話 カート部室

ミユがカート部のガレージに着くと、二階の作業室兼会議室に六人ほどの部員が集まって雑談をしていた。ミユが会議室のドアを開けると、全員がミユを見る。その中には、池田繭と小原あかねもいた。


ホワイトボードには、第一回高専アイアンレース対策会議と書かれている。

ミユと繭とのレース勝負が終わったあと、ミユは思い切って繭にアイアンレース出場を打診してみることにした。徳弘とくひろりょうの話しによると、繭はこれまでほとんどすべてのレースの出場を断っていたらしいので、今回も断られると思ったけれど、意外にも良い返事が得られた。ミユは少し驚いたけれど、それよりもカート部員達の方が驚いていた。みんな本音では、繭に活躍して欲しいけれど、繭がそれを頑なに拒むのですっかり諦めていたからだ。


結局、繭が出場するということで、カート部員たちのやる気が出てアイアンレースに協力してくれることになった。

今日はそれに向けた一回目の打ち合わせというわけだ。


緋が手招きをするので、ミユはその隣の席に座った。緋から資料を手渡される。

「新人の子も来たことだし、少し早いけどもう始めるよ」


徳弘涼が音頭を取って会議が始まった。

「まず、レギュレーションの確認をします。開催日は八月の某日。レースのルートは、広島県から岡山県の国道一八二号で全長約七〇km。レース中は特別法が適用されるから、信号は全部消灯するし、速度規制もなし、スリックタイヤでも公道を走行可能。エンジン排気量は一二五ccまでで、機体の重量は、ドライバーと燃料を入れてスタート時に二二五kgから二七五kgの範囲に収めること。収まらない場合は、適宜ウエイトで調整。使用するカートは、少なくともシャシーをオリジナルで組み立てること。つまり、エンジンを自作したり、鋼材から製造する必要はないってことね。スタート後は、タイヤ交換やウェイトの投棄など、構造を変更する行為は禁止。他にも色々細かいルールはあるし、第一回だからルールの抜け道も多いと思うけど、とりあえずは、こんなもんかな」

「自作と言っても、目指すコンセプトがないと、仕様が全然決まらないよ」

「公道七〇kmとは、なかなか長距離だなあ。コンマ数秒を争うレースではないね」

「スピードだけじゃなくて、オールウェザーのレースか。確かにいろんな技術が問われる総合戦になるね」

カート部員たちが思い思いに発言する。


「重量と排気量が決まってるなら、大事なのはタイヤだよね。タイヤはどうする? スリックタイヤだと、夏の夕立になれば、ハイドロプレーニング現象が起きるから、やっぱりレインタイヤかな?」

「スリックタイヤとかハイドロ……って何?」と緋が小声でミユに聞いた。小原緋は、学生自治会の中のカートレースの担当だけれど、カートの知識は無いので、補助としてミユが付くという形になっている。

「スリックタイヤはレース用の特殊なタイヤで、タイヤの溝がないんです」


徳弘涼は、小原とミユのそのやり取りを聞き、小原はカートの知識を持っていないことを思い出した。

「そうか。小原さんはあまり詳しくないんだったね。スリックタイヤは溝がなくて路面をしっかり掴んで走るから速いんだけど、雨が降るとタイヤと路面の間に水が入って、タイヤが水の上に浮いちゃってハンドルもブレーキも利かなくなるから危険なんだよ。それをハイドロプレーニング現象って言うんだよ。ちなみに、ハイドロプレーンってのは、水上飛行機って意味だから。で、レインタイヤは、雨を排水するための溝が入ってるから、スリックタイヤよりも遅いけど、雨には強いんだ」


「だから、レインタイヤにすれば、雨の時は安心だけど、もし他の学校がスリックタイヤにしてて、雨が降らなかった場合はかなり不利だよ。レース中のタイヤ交換はできないみたいだし、それに中四国ブロックには前年のカートチャンピオンがいるじゃんね」

「え? 前年チャンピオン? アイアンレースは今年から始まったのに、どういうことですか?」と小原。

「岡山高専には、去年の全国高校カート大会の前年覇者が在籍してるんだよ」

「へえ。高専生も高校の大会に出られるんですか?」とミユ。高専は五年制の学校で、高校は三年制の学校なので、高専生が高校生の大会に出るのは何か違和感がある。

「うん。高校野球もそうだけど、高専でも一八歳までなら実は高校の試合に出場できるんだよね。ちなみに私たちは、残念ながら予選敗退だったけど」と、徳弘涼。


「そうだ。スリップ防止に、アレは使えないかな?」

「アレって?」

「アレだよ、あの、何だっけ? 車に付いてる、スリップしてる絵のボタン」

「ああ、ESCか」

「ESCって何?」

「ESCってのは、四輪のブレーキを独立制御して、車体の横滑り、つまりスリップを防止するシステムだね。アンダーステアやオーバーステアを防いでくれるってやつ」

「へえ。でも、カートは自動車みたいにデフが入ってないから、四輪のブレーキを独立制御できないんじゃない?」

「そうそう。それに、あれってタイヤの限界性能を高める装置じゃないから、ハイドロプレーニングで滑るのを防ぐ効果はないはずだよ」


「ひらめいた! 水があるからハイドロプレーニング現象が起こるんなら、フロントタイヤの前側にジェットノズルを装備して、ハイドロプレーニング現象が起こる直前に、水を吹き飛ばすってのはどうだろう?」

「それだ!」

「どうせ車両重量を重くしないといけないから、いろいろと装備を積み込むのは都合が良さそう」


「でも、ハイドロプレーニング現象が起こる直前ってどうやって分かるの?」

「ESCシステムが応用できるんじゃない? ESCってIMU(慣性計測装置)とオブザーバーっていうのが入ってて、それでスリップを監視してるから」

「でも、そのオブザーバーってのを作れるもんなの? カートにIMUを載せて、それを元にジェットの制御をするとなると知識がないと作るのに時間かかりそうだけど」

「確かに、私たちにそういう制御系の知識はないしなあ」


「じゃあメカトロ研に聞いてみよう」

「そうだね。そこは、学生会に任せよう。天雲さんお願いできる?」

急に話を振られたミユは慌てた。後半の会話にはあまり付いていけなかったけれど、とりあえず、横滑りを監視する装置を作るらしいというのは分かった。

「分かりました。ツテはあるので相談してみます」

それからカート制作の担当の割り振りが行われ、忙しくなるぞと言いながらそれぞれ持ち場に向かった。


ミユと緋は涼にもう一度何をすれば良いのかを確認してから、制御系についてメカトロ研の舞に相談してみることにした。学生会にもメカトロ研の香西礼がいるけれど、ロボコンの準備に忙しいので、あまり助力は得られなさそうだ。それに引き換え舞はプログラム担当と言っていたので、そういった方面にも詳しそうだった。

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