第7話 夕食
夕方になって寮全体にチャイムの音が響いた。
それと同時に、奥のベッドで眠っていた上級生がむくりと身を起こし、「ごはんの時間だ」と独りごちた。その眠そうな目が、ミユと彗を見つける。
「あれ? 知らない人がいるよ」と、上級生は、おびえたような顔になった。
「私たち新入生です。これからよろしくお願いします」
「あ! そうか、今日、入寮日だったのか。私は、
フケという苗字の響きからは想像できないほど童顔の先輩だった。先輩だけど、遥さんと呼ぶよりは、遥ちゃんと呼ぶのが適切に思えてくる。
遥にミユと彗が不審者でないことを納得してもらい、お互いに自己紹介をしたところで、出かけていた舞が部屋に戻ってきた。
「舞ちゃん、新入生が来てるよ。挨拶した? 私はしたよ」と、遥は自慢げに言った。
「私は、遥さんが寝てる間に、とっくに済ませましたよ。夕飯の時間なので、みんなで食堂に行きましょうか」
先ほどのチャイムは、食事の時間を知らせるものだったようだ。舞が作業着から部屋着に着替えるのを待って四人で食堂に向かった。
食堂は十分に広く、百人くらいは一度に食事をとれそうだったが、まだ春休みのせいか空席が目立った。
ご飯は好きな量だけ盛っても良いけれど、おかずは決められた量しか取ってはいけないといったルールを先輩に教えてもらいながら配膳をして、四人は一番端のテーブルに陣取った。今日の夕飯は、ご飯と味噌汁、からあげとサラダにデザートが付いたいわゆるからあげ定食だ。
「私、焼き鳥は嫌いだけど、からあげは好き」
そう言って遥は、からあげを頬張る。見た目もだけど、中身も小学生みたいな人だなと、ミユは思う。
「明日は、入学式かあ」と、舞がしみじみとして「思い出すなあ。部活勧誘のフライヤーの束」と言った。
「部活勧誘のフライヤー? 勧誘に揚げ物が関係あるんですか?」と、彗が不思議そうに尋ねた。
「そうじゃなくてフライヤーっていうのは、チラシのことだね。入学式のときは、一年生が一堂に会するから、それを狙って部活の勧誘のフライヤーを配布するんだよ。上級生は入学式は休みだからね。何十枚も渡されるから、束になるんだよね」
「そうなんですか」
「そうなの。同好会のような非公認の団体もあわせれば、五十以上はあるんじゃないかな」
「二人は、中学の時は何か部活やってた? 運動部っぽいよね」と、遥が唐揚げを頬張りながらもごもごと言った。
「私のところは、人数の少ない中学だったので、部活は運動部がソフトテニス部か卓球部で、文化部は合唱部か吹奏楽部しか選べなかったので、ソフトテニス部でした」とミユ。
「そんな中学あるの!?」と遥。
「田舎ですから」
「彗ちゃんは?」と舞。
「私は、自転車部でした。二年で辞めてからは、帰宅部でしたが」
「え? そうなんだ」
彗は自転車に乗るのが苦手と先ほど言っていたので、自転車部だったという意外な答えにミユは驚き、少し混乱した。舞と遥は、そんなやりとりを知らないのでミユの困惑したような様子の理由がわからず「天雲さん、何でそんなに驚いてるの?」と尋ねる。
「あ、いや、ちょっと意外だったから」
ミユがそういうと、彗は一呼吸おいて、決心したように切り出した。
「いつまでも黙っておくことじゃないし、隠すことでもないんですが、私、事故で怪我しちゃって、それ以来、左手の親指があまり動かないんです。だから、好きだった自転車も辞めちゃって。それに同室のみなさんにも迷惑をかけるかもしれません」
「あ、だから二段ベッドの上り下りの練習してたんだ」
ミユは、彗が二段ベッドに何度も上り下りしていたのを思い出した。今思えば、あれは上り下りの練習だったのか。
先輩二人も少し驚いたようだった。
「そうなんだ……」
舞は箸でつまんでいたからあげをいったん置いて、「でも、そういうことはもっと早く言ってよ。二段ベッドの上だと、手すり掴まないといけないから、大変だよね」と言った。
「でも確認したら、上り下りは大丈夫そうでした」
「大丈夫じゃないよ。何か起こってからじゃ遅いんだから。私の場所と交換しよう。私が遥さんの上のベッドを使うから、立花さんは、天雲さんの下のベッドを使って」
「いいんですか? 先輩に上り下りさせてしまって」
「いいよ、別に大したことじゃないし。それに、上の段は、上り下りが面倒な反面、高いからプライバシーは守りやすくて悪いことばっかりでもないしね」
「ありがとうございます!」
「一年坊が変な気を遣うんじゃないぞ」と遥。
「ところで溝渕先輩は、作業着でしたけど何部なんですか?」
彗のベッドの話が一段落したところで、ミユは舞に質問する。ミユは部活に興味があったからだ。小学校の時に仲の良かった友達が、中学では吹奏楽部に入ったので話す機会が減り、なんとなく疎遠になっていった。部活選びが今後の人間関係の中心になると分かっていた。
「私はメカトロ研だよ。ロボコンに出るロボットを作ってるの」
「すごい! ロボコンって高専の花形じゃないですか! ロボコンに出たいから高専に入るって子、多いですよね。最近じゃ、四国大会連覇してますし」
彗が持ち上げるので、舞もまんざらではない。
「まあね。でも、なかなか全国では勝てないんだよね。二人とも興味あるの?」
「まあ、それなりに」
「それなりか……。興味なんて人それぞれだもんね。ちなみに遥さんは麻雀部なの」
「麻雀部なんてあるんですか?」
吸いは遥を見る。遥は目をきらきら輝かせていた。
「ふっふっふ。あるんだなあ、それが。寮の中だけの非公認部活だけど、彗ちゃん興味あるの? 見に来る?」
「い、いえ、大丈夫です」
「ちょっとくらい良いじゃん。いかがわしいもんじゃないし」
「ちょっと遥さん、嫌がってますよ」
「まあいいや。明日の入寮コンパで他の新入生勧誘するから」
「入寮コンパって何ですか?」とミユ。
「聞いてない? 新入寮生と先輩寮生の懇親会のことだよ。みんなで自己紹介したり、ピザ食べたり、夜通しおしゃべりしたりって感じかな」
「それってつまり、最高ってやつですか?」
「そう、最高ってやつ」
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