三題噺とか

くしやき

第1話 もしも重力がなかったら

【もしも重力がなかったら】(恋心、プロペラ、行列)


「もしも重力がなかったらさ、これって永遠に飛び続けられるのかな」

 彼女のささやかな思いつきが、私の視線を空へとさそう。

涙が出るほどさんさんと照り付ける日光を浴びて、とんぼがくるくる飛んでいた。

「そしたらたくさん買ってさ、ぜんぶ飛ばしてみたいよね!」

 高らかに両手を広げても、空にはとんぼがひとつだけ。

永遠には及びもつかない間に推進力を失ったそれも、やがてはぽちゃんと川に落ちてしまう。悔しそうに笑いながらざぶざぶと救出に向かっていく背が、さんさんと眩しい。


「―――重力がなかったら空気もないから、回しても飛べないよ」

 濡れたソックスを見せびらかす彼女に、私はつい冷や水を浴びせる。

 すぐにしまったと思うのに、彼女の瞳はむしろ輝きを増した。

まるで川底に落ちたガラスの破片みたいだ。または彼女がそれを見つけたときのような。

「どうして!?」

 幼気な宝石が私を覗き込む。

そこに映る不愛想なオトナを見ていたくなくて、私はそっと目を逸らした。

「そういうプロペラって、空気の中を泳いでるようなものだから」

 つまらない講釈にもうんうんと熱心に耳を傾けてくれるから、私の口はまた滑る。


 そしてまたひとつくだらない現実を知った彼女は、それでもきらきらしていた。

「じゃあさじゃあさ、空気がなんか、すごい空気だったらずっと飛べるんだ!」

 とっておきの大発見に飛び上がって、青空にまたプロペラを飛ばす。

 すごくない空気の中を泳ぐそれは、きっとあと十数秒で落ちてくる。

 白い雲と青、そしてまばゆい太陽に、竹とんぼの行列が混ざることはできない。

 だから、彼女の見ている空は私には見えないのだ。

 彼女と同じものを見たいのに、私にはそれがどうしてもできなかった。

 彼女からはいったいどう見えているのだろう。

 このありふれた空は、小賢しいだけの同級生の姿は。


 私はそばに置いてある竹とんぼを手に取った。

 彼女のとなりを目指して飛ばしたけど、思うようには飛ばなくて。


 もしも重力がなかったら、隣り合うくらいはできたのだろうか。


 そんな想像さえできなくて、とんぼはやっぱり、落ちていく。

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