第39話 追憶
彼が目覚めないまま1週間が過ぎた。
私は毎日彼の病院に訪れ今日の出来事を語る日々。
花瓶に挿した花を入れ替えていると病室をノックする音が聞こえた。
「入るぞ
「……パパ」
私がここにいる事を知っていたパパが扉から顔を出す。パパに続くようにママとそれから親友3人が入ってきた。
その表情はどこか重く、これから重要な事を告げるんだと語っているよう。
「えっと……どうしたの?」
椅子を勧めるけど立ったままのみんなに私は疑問顔を浮かべる。
「雪音と
唐突に語られた内容に私は混乱した。
混乱したけど聞かなければいけないと胸の奥が騒いでる。
「それは……かおる達が隠してた事で合ってる?」
確信があるわけじゃ無かった。
それでも予感はあったから。
そしてそれは正解だった。
「すまん……雪音」
かおるからこの言葉を聞くのは何度目だろう。
「千姫くんから口止めされてたの」
「千姫を責めないで雪音」
責めるなんてしない。
きっと彼なりに色々葛藤した結果だろうから。
「それじゃあ何から話そうか……」
パパは壁にもたれかかって遠い目をしていた。そしてそこから語られる真実は私の瞳に何色に写るだろう。
――――――
――――
――
【千の姫の物語】
僕は夢を見ていた。
小さい頃の夢だろうか。
暖かな潮風が肌をかすめ、僕は彼女の手を引きながら白い色合いの建物が多く並ぶ路地をゆっくりと進む。
女の子の手だ。
ほんのり顔を赤く染め、
あと少し……この道を抜ければ。
海の見える丘に到着するとそこには大きな桃の木がある。太陽の光が真上から降りそそぎ、キラキラとしたその場所は特別に見えた。
僕と彼女のお気に入りスポット。
木の下で持ってきたサンドウィッチを一緒に食べながら色んな話しをしていた。話の内容は曖昧であまり覚えていないが、楽しかったイメージしかない。
ただ……顔や名前を思い出そうとするとモヤが架かったように思い出せない。唯一覚えているのは、彼女の笑顔がとても綺麗だと言うこと。
ホントは覚えてる。
あの女の子は雪音。
特別に感じたのはその景色だったのか、それとも彼女と一緒だったからなのか。
短いようで長く感じたあの瞬間。
ずっと続けばいいなと思っていたあの時間。
僕は恋をしていたんだと思う。
眩い光に包まれて僕の意識は別の所へと切り替わる。
雪の日の光景。
少し離れた所には父さんの姿。僕と母さんの方を見て何か大声で叫んでる。
父さんどうしたの?
そんな怖い顔をして、ねぇ母さん?
隣の母さんが僕に覆い被さる。そして凄まじい轟音と共に衝撃が体を襲い、僕の意識は白い闇の中へと消えた。
全身に激痛が走り僕は意識を取り戻す。痛みがあるというのは生きている証。だけど体が動かない。だんだんと意識がハッキリして最初に見た光景は。
母さんの顔。
しかしそこに生気はなく……死んでいるのだとハッキリとわかった。
まだ温かな母さんの体。時間が経つにつれ、その体がだんだんと冷たくなっていく。そして僕の体には耐えられない程の激痛が襲う。
永遠と思われる苦しみと寒さの中、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。僕にはわからない。白い雪が真っ赤に染まる。たぶん僕と母さんの血だ。呼吸も上手くできない。右目も見えない。
あぁ……僕は死ぬんだ。
おのずと自分の死を受け入れていた。
薄れゆく意識の中で僕の心に最初に浮かんだ人は。
雪音だった。
「もう一度……会いたいよ……ゆきちゃん」
それが僕が白い闇の中で唱えた最後の祈り。
気付けば僕は知らない場所に居た。
ここは……どこ?
答えてくれたのは白衣を着た金髪の女性。
「目覚めたわね」
「あ……あぅ」
上手く喋る事ができない。それに頭や胸がひどく痛い。何か忘れているような……記憶にモヤがかかったような感覚。
「落ち着いて……ゆっくりでいいから」
その後白衣の金髪の女の人がゆっくりと時間をかけて教えてくれた。僕が誰なのか、どこから来たのか、なんでここにいるのかを。
その女性は僕の父さんの知り合いの医者だと言う。そこから僕のリハビリが始まる。
一言で言うと壮絶だった。
本当は日本に帰りたかったけど、家族を亡くした僕に帰える場所は……ない。
そしてリハビリが順調に進み、見た目には以前と変わらないまでに回復することができた。
その頃だろうか、僕の右目の義眼を作ってくれた人が現れたのは。着流しを身に
自分の事を医者だとか霊能者とか言っていたがよく覚えていない。それ以降おじさんの姿を見た記憶もない。
ひとつ言える事は、作ってくれた義眼はとてもキレイだった。
春の足音がするある日……大人達に連れられて4人の女の子が僕を訪ねて来た。
「せん……ちゃん? せんちゃぁぁぁん! わぁ〜ん」
そして僕を見た瞬間、1人の女の子が大粒の涙を流す。
「えっ……あの……大丈夫?」
アワアワしながら声をかけるので精一杯。そのまま僕に抱きついて来た時に、おぼろげだった記憶を全て思い出す。
「ゆき……ちゃん?」
「せんちゃん……せんちゃぁん」
あぁ……僕の夢にいつも出てきた女の子は君だったのか。
「千姫くん、体の調子はどうだい?」
ゆきちゃんのお父さんだと名乗るダンディなおじさんと少し話をした。
僕の父さんとは大学時代の友人。そしてゆきちゃんの母親と僕の母さんは高校時代の親友なのだそう。
僕の母さんと父さんが
世間は狭いね。
日本の長期休暇を利用してこっちに来たという4人と一緒に、とても楽しい時間を過ごした。それは両親を失った哀しみを乗り越えるかのような濃密な時間。
僕は桃宮家のご好意で日本で暮らせるようになるハズだった。
――人の夢と書いて
みんなでかくれんぼをしようと入ったビル。
取り壊し予定のビル。
僕達がかくれんぼをしている時に、工事中の事故が原因で火災が発生した。
「はぁ……はぁ……みんな……いる?」
「ふぅ……いや、ゆきねがまだ……」
「くっ……ゆきちゃん」
ゆきちゃんだけがビルに取り残されたまま。
僕はみんなの制止を振り切り走り出す。
必死に探した。ゆきちゃんの考えそうな場所をくまなく。だけど、なかなか見つける事ができない。
「ゆきねぇぇぇ!!」
何度も何度も叫んだ。煙を吸いすぎて声が上手く出ない。時間だけが過ぎてゆく。
その時、僕の右目……あるハズのない右目が光だした。着流しのおじさんから作ってもらった桃色の義眼。
せんちゃん……かおちゃん……そらちゃん……さくちゃん。
「はっ!」
頭の中にゆきちゃんの声が聞こえる。
「あっちか!」
声のする方へ急いで向かうと。
「ふぇ〜……みんな〜……せんちゃん」
いた! 僕の世界を変えてくれた女の子。
「ゆき……」
駆け出す僕の視界に映るのは、崩れ落ちる天井。それでも構わず走り抜ける。その瞬間だけがスローモーションのようにゆっくりと進む。
あぁ……そうか……父さん母さん。僕はこの為に……ゆきちゃんを守る為に……生かされたんだね。
苦しい過去も、何度諦めようとした未来も……きっとこの瞬間の為。
初恋の女の子を守るために僕はここにいる。
「うぉぉぉぉ……ゆきねぇぇぇぇぇぇ」
天井の崩壊とともに僕の体に凄まじい衝撃。多分、柱が体に刺さってる。そして目の前のゆきちゃん……僕の目の前の彼女には。
「ごめんね……ゆきね」
白い雪が赤く染まる光景がフラッシュバックする。
僕は……守れなかった……のか。
深い深い闇に沈むように、僕は意識を手放した。
――――――
――――
――
「これが、千姫くんと雪音の真実だ」
「雪音はあまり覚えてないわよね?」
えっなに……私は何を聞かされたの?
「……かおる」
私は親友の顔を見る。とてもバツが悪そうにしながらもしっかりと私の目を見つめる。
「……ソラ……咲葉」
他の2人も同じ表情。
待って待って!
私と千姫が幼なじみ?
昔に会ってる?
旅行中に事故に遭った?
「ふぅ……ふぅ……はぁ……ひゅー」
呼吸が苦しくて胸が痛い。
でもこの胸の痛みは……
「……パパ」
「なんだい雪音」
「私の胸の傷って……」
夢に何度も出てきたあの光景。それは……
「うん。千姫くんがあのビル火災の時に、雪音を守ってくれたものだ」
やっぱり。
「見た目よりはひどく無くてね。それも彼が身を呈して守ってくれたおかげなんだけど……」
俯くパバは悔しそうな顔。
じゃあ、高校で初めて会った時に泣いてたのは?
その後、私の胸をじっと見てたのは?
「……そんな」
全部私の……勘違い。
「……せんき」
彼の顔をあらためて見てしまう。今にも目を覚ましそうな穏やかな表情。そして会話を引き継ぐようにパパが言葉を続ける。
「事故の後、千姫くんと雪音は手術をした。雪音の傷は幸い深くはなかったからすぐに終わったんだが……」
私は大丈夫だったけど、彼はなに?
「千姫くんの傷は……生きてるのが不思議な程だった」
それでも生きようとしてくれた。
「医者の自分が信じられない事を言うようだけど……奇跡は本当にあると思ってしまったよ」
奇跡。
「それでな雪音」
「……うん」
かおるが何度も口に出した謝罪の言葉の意味を知ることになる。
「あの事故の後、千姫のヤツが目を覚ました時にさ」
「うん」
『僕の近くにいたらゆきちゃんが悲しむから、僕はいないものとして過ごしてほしい』
「って言ってな……自分はそばに居られないから、私達に雪音を守ってほしいって」
「なに……それ……」
それを受け入れて、私は彼の存在を忘れて、今まで……のうのうと過ごしていたの?
「私……最低……じゃない」
それでも疑問は消えない。
なぜ彼は最近になって私がいる高校に来たのか……なぜ私と一緒に過ごしてくれたのか。もしかして私が知らない何かがまだあるのでは。
「ねぇ、かおる……パパ」
「なんだ雪音」
「ん?」
「他に隠してる事あるでしょ?」
「――っ!」
「――それは」
図星だ。2人はまだ何か隠してる。
いや違う。ここにいる私以外の全員が隠してる。
「もう何を聞いても驚かないよ……だから」
教えて。
「おじさん……」
「かおるちゃん……その……いいのかね?」
「雪音の覚悟は本物です」
「そうか……君達は千姫くんから聞いているのかい?」
パパはかおる、ソラ、咲葉をぐるりと見つめる。3人はコクリと決意したように頷いた。
「ふぅ……わかった」
パパが深呼吸をして部屋の空気を取り込む。今から話す内容が私の心に嵐を連れてくることになると知って。
ママは震える私の体をギュっと抱く。
「千姫くんの命は……」
――もうながくない。
「彼の体はもってあと――」
ザァァァァァァァァ
突如降り出した雨は
私の頬から伝う
涙
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