第45話 流星
夏休み最終日。
私と彼は新しいベッドを買うために、家具店を訪れていた。
「前に見たやつってこれだよね?」
「うん。そのベッドもいいけど、こっちの方はリクライニング機能があるよ? どう思う
「う〜ん」
彼を悩ませているのはこの機能があるかないか。リモコン操作でベッドがリクライニングするタイプ。
「リクライニングするのもいいんだけど」
「けど?」
できるなら、彼には無理をしてほしくない。
「……その」
「遠慮しないで言ってよ。お金の心配してるの? それは大丈夫だよ?」
ベッドを買うにあたってパパがお金を出してくれる。なのでその心配はいらないのだが。
「えっとね。リクライニングがあるとそれに頼ってしまいそうで」
「むぅ〜、こればっかりは楽をしてもいいと思うけど」
確かに機械に頼ってばかりだと自力で何かしようと思わなくなるのかもしれない。ちょっとだけ彼の気持ちが分かってしまう。
「それで本音は?」
あの言い方は本音を隠してるに違いない。
「
くぅぅぅ……なんなの最近の千姫は。可愛さが限界突破してるんだけど?
「千姫はわがままだなぁ〜」
「ダメ? 迷惑かな」
「迷惑なんかじゃないよ、むしろ私の方がお願いしたいくらい」
だって、千姫と触れ合える時間が増えるんだもん。
「ありがとう!」
そういう訳で元々下見をしていた大きめ(キングサイズぐらい?)のベッドを購入。
1週間ほどで配達設置してもらえるとか。
――――――
「おじさんにお礼言わなきゃね」
「ふふっ、気にしなくていいよ。千姫が元気で暮らしてることが便りだから」
「……うん」
私と彼は手続きを済ませ家具店を後に。夏休み最終日だけあって旅行バッグを持った人が大勢いる。
「千姫、かき氷が売ってるよ? 食べようよ」
「いいねかき氷。そういえば夏の間は食べて無かったね」
「何味にする?」
「僕はイチゴかな、できれば練乳たっぷりのやつ。雪音は?」
「私は宇治金時で!」
2人分のかき氷を買ってパラソルがあるベンチに腰掛ける。
「よっこらせっと」
「おぉ! 移動もスムーズになったね!」
「雪音達のお陰だよ、ありがとう」
車椅子からベンチまで移動するのに、私の支えはあったものの、随分スムーズに移動できるようになった。
足の感覚も戻ってきてるので少しずつリハビリを
「くぅぅぅ……ちめたい」
「あははは……雪音、前も"ちめたい"って言ってたよね」
「そ、そうだっけかなぁ」
「すごく可愛いよ」
「もぅ、からかわないでよ」
「本心なんだけどな」
「そんな意地悪な千姫にはこうだ!」
「むぐっ……んん〜」
私は自分のスプーンで宇治金時をすくうと、千姫の口の中へ。
「……雪音反則」
「えっへへ。じゃあ次は千姫の番。あ〜ん」
口を開けて待つ私に、どこか恥ずかしそうにする彼。だけど意を決したのか練乳がたっぷりかかった氷を私の口元へ。
「んん〜……甘くて美味しい! 抹茶の苦味とよく合うよ〜」
「雪音が食べるのを見てるとなんだかこっちまで幸せになるよ」
「べ、別に私は大食いってわけじゃ」
「あははっ、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな」
2人でかき氷を食べた後はウィンドウショッピングを楽しむ。秋用の服や小物など色々見た後にスーパーに寄って夕飯の買い物をする。
最近では私の料理の腕もあがってきたので今日はトンカツに挑戦しようと思う。
まぁ、毎日美味しい美味しいって言ってくれる千姫のお陰なんだけど。
褒められると伸びるタイプの私。
うん、もっと褒めて!
買い物を終えて自宅に戻ると
「ただいま桃太郎」
「わふっわふ!」
「くすぐったいよ〜」
彼の膝元へ飛びつきながらたっぷりと愛情表現をしている。そんな姿を見ていると、彼を1番心配しているのは桃太郎かもしれない。
私は帰ってきて早速トンカツ作りに取りかかる。彼は桃太郎と一緒に洗濯物を畳む。
――――――
「いっただっきまーす」
「召し上がれ!」
「わんっ!」
みんなそろって夕食。
初めてにしては上手く出来たんじゃないかな。
サクサクッ
「ん〜おいふぃ〜」
「あっ、千姫ソース付いてるよ」
「えっ、自分で……んぐっ」
私の席は彼の隣、正面から見る彼も好きだけど……私は彼の横顔がもっと好き。それに正面からだと恥ずかしくてご飯が喉を通らなくなりそう。
「雪音……最近子供扱いし過ぎじゃない?」
「だって千姫ったら子供みたいなんだもん」
「いやいや同い年だからね?」
「私の方が誕生日先です〜だ! お姉さんなんです〜」
「今の雪音の方が子供っぽいよ」
「なんだと〜このこの〜」
「ぷっ……」
「ふふっ……」
「「あはははははっ」」
口喧嘩する事もあるけれど私と彼はいつも最後は笑い合う。不思議だね。
「ごちそうさまでした!」
「はいお粗末さまでした」
食べ終わったお皿は水で流して食洗機に入れてスイッチを押すだけ。ちなみに洗濯機も乾燥機能付きのやつを買った。
なるべく家事の手間を省く為に機械にお任せできる所はそうしたのだ。彼はベッドだけはいやだったみたい。
ふふっ……嬉しいな。今日からお風呂に入る時は水着……要らないかも。
女の子として意識してくれているなら、ちょっと攻めてやればいい。その後入ったお風呂で、彼は両手で顔を覆っていたとだけ伝えておくね。
「雪音、外に行こう!」
「うん? 外?」
「そうっ! 星が綺麗なんだって」
私がトイレから戻るとテレビを見ていた彼はおもむろに言い出した。
画面内では夏の星座特集がやっていた。
「行こっか」
「うん!」
彼をだき抱えて庭まで出る。そして新たに増設したウッドデッキにそのまま腰を降ろす。
「桃太郎おいで」
「くぅん」
私の手招きにひと鳴きするとゆっくりとやってくる。私が彼の右側、桃太郎は左側に座り、揃って空を見上げる。
「わぁ」
「すごいね」
「わふ」
夏の夜がこんなにも綺麗だとは思わなかった。今までは下ばかり見てきたから上を向くのはなんだか久しぶりな気がする。
「アレが
「どれどれ?」
「ほら、あそこの明るい光の……」
さっきテレビで見た光景を彼が教えてくれた。私はピッタリと彼に寄り添い手を握り顔を近付けて尋ねる。
「ゆ、雪音……近いよ〜」
「え〜だって見えないんだもん」
「ず、ずるいな〜」
何を今更……私はもう迷わない。彼と一緒に歩いていくと決めたのだから。忘れられない思い出をいっぱい作っていこう。
「ねぇ千姫……あのね」
「うん」
「明日から学校だけど……その」
明日から始まる2学期。クラスメイトも彼の体の事は知ってしまったから。
「心配してくれてありがとう雪音」
「ホントに大丈夫?」
「うん……僕はね、雪音に会いたい一心であの学校に行ったんだ」
わざわざ私に会いに来てくれた。
「ホントは顔を見て終わりだったけど。みんなとも仲良くなれたしあのクラスは居心地が良かったからね。それに雪音と過ごす日々が楽しかったから」
「前にも言ってくれたね」
「それにね」
「うん」
彼は少し目を閉じた後、バツが悪そうに口を開く。
「こうして雪音と一緒に暮らせて幸せなんだ。だから、悪い事ばかりじゃないんだよ」
「そっか」
体はどうする事もできないけどせめて心は取り戻したい。
「僕の人生ってさ」
「人生?」
「そう。僕の人生って……雪音に会う為に生まれてきたんだって今は強く思うよ」
「……せんき」
「もちろん辛い事も多かった。これからもたくさん待ってると思う」
「……私がそばにいる。ずっとそばにいるから!」
儚げな表情に見えるのは、きっと未来に待ち受ける……過酷な現実。
「この短期間で雪音の事が……もっと……好きになった」
震える体、途切れる声。私と彼の瞳にはいつの間にか透明な雫。
「雪音……好きだよ……愛してる」
「私もよ。私も愛してるわ千姫っ!」
彼の横からしっかりと抱きしめる。
「消えたく……ないよ……雪音」
この先に待ってる過酷な現実。
それは彼の命の灯火。
「私がなんとかするから! きっと大丈夫だから! ね? 笑って千姫?」
ずっとベッドで泣いていた理由。それは足が動かなくなったからではなく……彼が生きる事を求めたから。そしてそれが長くないとわかっているから。
初めて千姫の弱さを見た。今まで抱えていたものを吐き出すように私と彼の瞳から想いが溢れ出す。
「わんっわんっ!」
突然桃太郎が吠えだして2人で桃太郎を見ると、私達に顔を向けた後に夜空を見上げていた。そしてその瞳の方向を見ると……
「……せんき、これって」
「……すごい」
私と彼と桃太郎の瞳に映るのは……無限の流星群。
「お願いしなきゃね」
「うん」
彼の手を握ると桃太郎も肉球を乗せてきた。
「うん、桃太郎も一緒に」
「わんっ!」
私達3人でいつまでも一緒に暮らしていきたい。声を合わせて夜空に叫ぶ。
『いつか本当の家族になれますように』
――流星に願いを。
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