第44話 焼肉

 花火大会から2日後の今日、彼との思い出をたくさん作りたいので、またしても勝手に予定を立てている。


「ねぇ千姫せんき、突然なんだけどさ……今日ここでバーベキューしようよ!」

「ふはっ……ホントに突然だね」


 最近の私達の会話はこんな感じで前のめり。

 彼の予定なんてお構い無しにスケジュール帳に予定をどんどん書き込んでいる。


「ダメ?」


 可愛らしく上目遣いを使ってみる。さて彼の反応は……


雪音ゆきねからのお願いを断るわけないでしょ?」


 同じくズズいと迫ってくる彼のキレイな瞳。私の方が赤くなる。


「せ、千姫からの攻めはズルいよ……」

「ふふっ今日は僕の勝ちだね」


 いつも私が負けてる気がする。


桃太郎ももたろう、おいで」

「わふっ!」


 千姫が呼ぶと窓辺で日向ぼっこをしていた桃太郎が尻尾をブンブン振って駆けてくる。


「今日はバーベキューだよ〜」

「わふ?」

「お肉だよ〜」

「ワンッ!」


 桃太郎も大喜び。その場で彼の顔をペロペロと舐める。ちなみに庭と部屋を繋ぐ桃太郎専用口を作ったので自由に行き来している。


「わっはは、くすぐったいよ」


「……相変わらず仲がよろしい事で!」


 ダメだ、桃太郎に嫉妬してしまう。


「雪音……もしかして」

「ち、違うからっ!  別に私も千姫の顔をペロペロとか……そんな事考えてないからっ!」


 本音が漏れていた。


「雪音のヤキモチ……かわいい」

「違うからぁぁ!!」


 火照った顔を冷やすため洗面所にダッシュ。


「もうっ……千姫のばか」


 独り言を言いながらスマホを操作してソラ達にバーベキューの件を送信。



「……毎日が幸せ」



 大好きな彼と毎日過ごせるのだ。それだけで私の心はドキドキなのに、一緒にお風呂に入ったり、食事をしたり、テレビを見たり……ちなみに寝る時も同じベッドに寝ている。


「もうすぐ新しいベッドを買おうかな」


 今は彼のベッドで一緒に寝ている。

 さすがにシングルベッドに2人は窮屈きゅうくつだったので、一緒にベッドを見に行った。そこである程度目星を付けたので今度買いに行く予定。



 私は知っている。

 私が寝静まった頃に彼が声を殺して泣いている事を。


 きっと千姫の心の中は、私じゃ推し量れない色々な思いがあるのだろう。


 悔しさや悲しみ……そして恐怖。


 表に出さないだけで負の感情が支配しているのかもしれない。だから私は決めたのだ。そんな感情なんかことごとく打ち払う!


「私が彼の世界の中心になる。生きる希望……生への執着を心に刻み込んでやるんだから」



 あの日誓った……決して離さないという、私の覚悟。



「ゆきね〜味噌汁冷めちゃうよ」


「は〜い、今行く〜」


 彼からの呼びかけに私は気を取り直してスマホをポケットへ。


「さぁて、イベント満載の夏の思い出の始まりよ!」


 夏休みも残り少ないけれど、日々を精一杯楽しんでいこう。


 ――――――

 ――――

 ――


 ピンポーン


「はーい、鬼神おにがみですが?」


 インターホンが鳴ったので、部屋の子機で答える私。相手はわかっていたがソラ達。


「ゆ、ゆきね」

「ん?」


 声の方を見ると千姫の顔が真っ赤だ。アレどうしたの? 熱中症?

 しかしその答えは3人娘から返ってきた。



『はーい鬼神ですが?』


「ふふっ、雪音は新妻みたいだな」

「ふたりで新婚さんの番組に出てみたら?」

「安心して、桃太郎の面倒は私が見る」


 咲葉さくはが私の声真似をしてからかう。


「なっ! そういう意味じゃないから!」


 なんで彼が顔を赤くしたのか理解できた。そしてもう1人便乗する者が。


「えっ違うの?  僕は将来雪音と……」


 うるうるした目で見つめる千姫。


 あぁ〜かわいいなぁもうっ!


「いや、あの……そうじゃなくて……物事には順序と言うやつがだね千姫くん」


「ははっ」

「雪音……焦り過ぎだろ」

「フフ……これだからイジるのをやめられない」

「ソラに同じ」


 テンパる私。爆笑する皆さん。


「もうっ!」


 真っ赤になるのは私の方。

 ソラは相変わらず桃太郎にベッタリ。若干桃太郎の方が引くレベル。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、いってら〜」


 千姫がトレイに立つと私はいつものように見送る。しかし親友達はそうでは無かった。


「えっ、千姫1人で大丈夫なの?」

「そうだよ雪音、手伝わなくていいの?」


 あぁ……まぁ普通ならそうだよね。

 でも、これは彼の意思だ。入院生活の時に彼が1番初めに取り組んだのがトイレの練習だった。


「大丈夫だよ皆、ありがとう」


 振り向くと同時ににっこりと笑う彼は、そのままトイレへと向かっていく。



「まぁ……そういう事。私も初めは手伝おうとしたんだけど、さすがに恥ずかしかったみたい」


「そうか……強いな千姫は」

「でも、お風呂は一緒に入ってるんでしょ?」

「うぐっ……」


 かおるの真面目な感想を打ち消すかのような咲葉のカウンター。もろに受けてしまう。


「まぁほら! それはそれ、これはこれ、みたいな?」


「そんなもんかねぇ」


 ニヤニヤしながら見てくるかおる。忘れてたけど私達はまだ思春期真っ盛りな高校生なのだ。


「で、どうだった?」

「……な、なにがよ」


 シラを切る私。


「雪音だけズルい」


 いつの間にかソラも混じる。


「べ、別に……そのぉ」

「そのぉ?」


 咲葉も便乗する。


「そ、想像よりも……お…… もうっ何言わせるのよ!」


「くはははははっ! いやぁやっぱり雪音はイジりがいがあるな」

「フフ……お……なによ」


「もうっ!」


 女の子だってえっちだもん!


 ――――――


 桃の木が見える庭でバーベキューセットを準備する。


「よし、火はこんなもんでいいだろ」

「かおる、なんか慣れてるね」

「まぁな、夏は家族でバーベキューする事が多いからな」


 ちなみに道具一式は咲葉が用意してくれた。かおるとソラは食材の買い出し担当。私と千姫は場所の提供という形。



 パチパチッ


 現在時刻は午後4時。

 夕食には少し早いけどお昼ご飯をセーブしていたので、肉の焼ける匂いを嗅ぐと余裕で入ってしまう不思議。



「さて、そろそろいいんじゃないか?」

「早く早く!」


 ソラがヨダレを垂らしながら目を輝かせている。その隣では桃太郎も尻尾をブンブン振ってヨダレを。


「「「「「いっただっきま〜す!」」」」」



 みんなのお皿に肉や野菜が行き渡るとそろって食べる。桃太郎も冷ました肉や野菜を美味しそうにカミカミ。



「うまーい!」


 焼き加減を物語っているような、ソラの嬉しそうな声。それに続いて私も口に運ぶ。


 炭火を囲うようにしてテーブルをセットしてあるので、座ったままで快適なのだ。当然私の隣には千姫が居て、弓なりになった瞳を私に向けている。


「美味しいね」

「うん、外で食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう」

「ふふっ雪音、タレが付いてるよ」


 フキフキとおしぼりで私の口元を拭いながらこんな事を口にする。


「雪音と……みんなと食べるから美味しんだよ?」


 こんな満面の笑顔を向けられたらさすがのかおる達も心を射抜かれてしまう。ハッとして3人の方を見ると、なんとも生暖かい目をしながら……


「私もカレシほし〜」

「これを見せつけられたらねぇ」

「フフ……こんなにデレデレの2人は珍しい。記念に1枚」


 ソラがカメラを取り出すとパシャパシャとシャッターを切る。最初は恥ずかしかったけど、彼の部屋に飾る写真が増える事を思うと自然と笑みが零れる。


「千姫、これも食べなよ?」

「えぇ……ピーマンはちょっと」

「こらっ、好き嫌いしないの!」

「うぅ……」


 彼のお皿に焼きたてのピーマンを入れようとした時……私の手が滑ってピーマンが彼の足に……


「あっ!」


 ピトッ


「熱っ! あっつ!!」

「あわわわわわ……せ、千姫ごめん! 大丈夫?」


 慌てて千姫の太ももに付いたピーマンを取って、ペットボトルをあてがう。


「火傷してない?」

「ありがとう雪音……大丈夫だよ」

「ごめんね」

「大丈夫だって」


 下から覗く私の瞳が少し濡れていることに気づいた彼が優しく頭を撫でてくれる。


「お、おい千姫……」

「ん? どうしたのかおる」


 かおるは席を立ち上がり目を見開きながら震えた声。


「お前……今って言わなかったか?」

「えっ? 言ったけど」


 かおるが何を言いたいのか私は瞬時に理解する。


「せ、千姫……今はどう?」


「あっ!」


 彼も気付いたみたい。

 これは……もしかして。


「少し……冷たいや」


「「「「――っ!」」」」



 あぁ……神様!



「せ、せんき……せんき、せんき、せんき〜」


 私は胸に込み上げる感情を瞳から溢れさせながら千姫の胸に飛び込む。



「……ゆきね」



 彼の声も震えていた。



「……奇跡だな」

「……こんなに嬉しいことが」

「桃太郎のご主人様は鬼強い」



 3人も胸にくるものがあったのだろう。



「また」

「……ん?」


「……また、歩けるようになったら」

「……うん」



「僕と、お花見に行ってくれますか?」

「はい喜んでっ!」




 その後食べたお肉は少ししょっぱい炭の味。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る