第42話 告白
「今までお世話になりました」
彼はお世話になった看護師や先生、
「
「うん
私は彼の車椅子を押しながら病院を後にする。そして私のパパとママが待つ車へ。
「せーのっ」
「「よいしょ」」
私とお父さんで彼を車の後部座席に乗せて、車椅子を荷台に積む。
「おじさん、おばさんありがとうございます」
「気にしなくていいわ千姫君」
「そうだぞ。遠慮なんてよしてくれ俺達の仲じゃないか!」
パパもママも千姫が目覚めてから積極的に話をしていた。在りし日の彼の両親の思い出、どうやってパパと知り合ったか、バレンタインには2人で競い合った事など、内容として明るいものばかりを選んで。
「ねぇ千姫、
「そっか。ソラには何か特別なお礼しなきゃだね」
「どーかな……桃太郎と過ごせた事があの子にとってはご褒美なんじゃない?」
「はははっ、そーかもね」
車で走ること30分、あの丘の上が彼の家……そして今日から――
「あ、あのね千姫」
「ん? どうしたの雪音。改まって」
今から彼に見せる光景は彼に相談せずに決めたこと……それが私の覚悟。
「驚かないでね?」
「どういうこと?」
「見ればわかるよ」
はてな顔の彼はなんのことやらといった具合に首をかしげている。
「着いたね……」
「うん、なんだか懐かしいや」
時刻は昼の3時。
病院内でお昼を済ませたのでお腹は空いていない。これから見せる光景を考えると私はあまり箸が進まなかった。
拒絶されたらどうしよう。
それでも自分自身が決めたこと。
ガンバレ私!
私の名前は
「じゃあ開けるね」
「うん。ありがとう」
私が先頭に立ち玄関の扉を開ける。
「ただい……」
久しぶりの我が家に心踊らせて言葉を発した彼は途中で固まる。
「……えっ」
入口を見て目を見開く彼。
「えっ?」
私を見て大きく目を見開く彼。
「えぇぇぇぇっ!?」
再度入口を見て叫ぶ彼。
そこには今までに無かったものがある。
「こ、こここここれは?」
玄関からリビングに向かう場所には車椅子用のスロープ。そして廊下には手すりが付いている。
「えっ? なんで? ここホントに僕の家?」
驚きのあまり取り乱している彼。
「そうだよ! 紛れもない千姫の家」
「う、うそっ」
私を見て口をあんぐり開けている姿が桃太郎にそっくり。
ビックリしたかな?
サプライズ成功かな
そしてホントのサプライズは。
「咲葉のお父さんに頼んで工事してもらったの。勝手にやっちゃってごめんね」
事後報告だけど、こればかりは許してほしい。
「い、いやぁ……謝る必要はないよ……むしろ感謝したいくらい」
ゆっくりとスロープを登りリビングに入る。そして、荷物をパパとママとともに運び入れて一息つく。
「じゃあ千姫くん、困ったことがあったらいつでも呼びなさい」
「あ、はい! 何から何までありがとうございました」
「それじゃ、雪音。たまに見に来るからね」
「うん。パパ、ママありがとう!」
「えっ? 」
不思議な顔をした彼が私と両親を交互に見る。
「えっとね……実はね」
私の言葉を待つ彼は「まだ何かあるの?」という顔。だから私はここ1番のサプライズを告げるのだ!
「きょ、今日から私も一緒に住むからっ」
――住むからっ。
――むからっ。
――からっ。
「……はい?」
固まる彼。
見つめる私。
しばらくして。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
今日1番の彼の声が室内に木霊する。
――――――
私と両親で彼を説得すること1時間。
「……わかりました。色々とやってくれた事、ほんとにありがとうございます」
激闘の末なんとか一緒に住む事をとりつけた私は疲労困憊。そして両親を見送りに外へと向かう。
「じゃあね、わからない事があったら連絡するのよ」
「うん、ありがとうママ」
「千姫くんも無理は禁物だぞ?」
「はい、おじさん」
それから車が見えなくなるまで一緒に手を振る。
「ねぇ雪音」
「やっぱり怒ってる?」
「いや、どちらかというと諦めた」
「ふふっ何それ」
「ちょっと、木の所まで行かない?」
「いいよ」
私は千姫の車椅子を押して懐かしの桃の木へと向かう。
「よいしょっと……」
「ありがとう」
「ううん、朝飯前だよ」
「ほんとに頼もしいや」
彼を抱いて木の根元に一緒に座る。夕暮れの空はいつか見たオレンジ色。風は生暖かく少し汗ばんでくる。
「ここから」
「ん?」
私の何気ない独り言に彼はゆっくり振り返る。
「ここから始まったんだね」
「うん」
これから一緒に暮らしていく事を告げた時、彼は大反対していた。
「雪音……ごめんね」
「なんで謝るの?」
「こんな体になっちゃってさ……みんなに迷惑かけてさ……それに雪音にも」
言葉にならない何かが私の胸に込み上げる。
「千姫は何も悪くない。いつも私の為に必死だったんだよね……謝るのは私の方」
「雪音は何も悪くないよ」
同じことの繰り返し。
「ふふっ」
「僕はさ……小さい頃、桃太郎の昔話が好きじゃなかったんだ」
「桃太郎?」
「そう、鬼退治のやつ」
「あぁ!」
そういう事か。鬼を退治する桃の話。
「でもね、小さい頃の雪音がね」
「私?」
「うん。その頃の雪音がこう言ったんだ」
「なんて?」
申し訳ないけど記憶が曖昧だ。小さい頃の私は何を言ったのだろう。
「雪音はね『だったら私が鬼と友達になる。私の名前は
「うへぇ……ちょっと恥ずかしいや」
はにかむ私。だけと彼にとってそれがどれほど心を溶かしたか。
「あっ! だからあのわんちゃんに桃太郎って名付けたの?」
「うん、僕も友達になりたかったから」
そっか。千姫はずっと1人で戦ってたのね。
少しの静寂のあと、私は覚悟を決めて、彼に想いを伝える為に正面から言葉をかける。
「……千姫」
「ん?」
「……好きだよ。大好き」
一陣の風が頬をかすめる。
「雪音、僕は……」
「わかってる。わかってるから」
彼が何を言おうとしたのかはわかってる。きっと自身の命の長さを伝えようとしてくれてる。
「そんな事はわかってる。私が聞きたいのは『はい』か『いいえ』」
千姫は天を仰ぎ夏の空気をその胸に取り込む。
そして……
「僕も君が好きだ。雪音」
私の手を力強く握り桃色の瞳が私の瞳を真っ直ぐに捉える。
「僕と付き合って下さい」
一段と男らしい口調で告げる彼に私は最上級の笑顔を向けて……
「はい、喜んで!」
吐息がかかるほど近寄った顔。
きっと考えてる事は同じ。
「千姫……」
「……ん?」
「私の名前は桃宮雪音、あなたの世界を桃色に変える女よ」
幼少期の力を借りて。
「これからが楽しみだね」
更に近付く彼との距離。
いつかの藤園でのデートを思い出す。
「ねぇ雪音、知ってる?」
「なに?」
「藤の花の花言葉……」
彼の写真のメモ用紙に刻まれたあの言葉。
「ふふふっ。知ってるよ。決して――」
「――離れない」
蜂蜜パイより甘く、藤の花のように美しい口づけを。
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