第41話 回帰
夜中の病院に行くのは初めてだけど私達は特別に面会を許可してもらえた。
病院に近いという事もあり、
私は両親とともに車で病院へと急ぐ。窓ガラス越しに通り過ぎる街頭が、早く早くと私の心を映すよう。
この時間を表す言葉を私は知らない。
コンコンッ
「……どうぞ」
咲葉の声。
スゥゥゥ
深夜なのでなるべく静かに小声で返事を済ませる。病院には既に咲葉のお父さんと親友達の姿。
「…………」
無言で彼が横たわるベットを見つめ、意を決して足を動かす。
「…………」
室内は静寂。
まるで私と彼の
「…………ぁっ」
私はゆっくりと彼の顔へと視線を向ける。
そして彼の瞳と目が合うと自然と頬に流れる夏の雨。
「うぅ……せんき……」
彼の頬に触れる。
重たそうに
「あっ…………」
何かを言おうとしている。しかし口元に当てた酸素吸入器がそれを遮る。
「おじさん」
咲葉のお父さんに向かって私は問いかけた。おじさんは無言で頷くと彼の口元から機器を外す。
「
「……ゆ…………で」
やはりまだ言葉がはっきりしない。
「ゆっくりでいいから……ちゃんとそばにいるから」
彼の手を握りしめ私は耳を口元へと持っていく。そして、たどたどしいながらに聞こえてきた言葉は。
「ゆき……ちゃん……泣か……ないで」
なんで……なんであなたは。
「ふぐっ……うぅ……せ、せんき……」
自分が苦しい時に私の心配をするなんて……千姫はバカだ。大バカだ。
でも……それ以上に……生きててくれてありがとう。
「……ぼく……が……守るから……泣かないで」
だんだん明瞭になる彼の言葉。
そのどれもが私に対する
だから私は覚悟を決める。
彼の隣で、その時が来ても必ずそばにいる。
「今度は私が守るから!」
再び目を閉じる彼の頬にキスをして、私は病室にいるみんなに向き直る。
「パパママ、それにみんな……話があるの」
今まで見たことない私の真剣な顔に病室内の空気が変わる。
――――――
――――
――
千姫が目を覚まして1週間。本格的なリハビリが始まった。幸い言葉や記憶に異常は無く、しっかりとした受け答えもできている。
だが……体はそうはいかなかった。
「千姫来たわよー」
「
「夏休みですから」
「そっか、どおりで暑いわけだ」
以前と何も変わらない会話。
だけど変わった事がひとつだけある。
私はしゃがんで千姫と目線を合わせる。そしてゆっくりと彼の太ももへと手を伸ばす。
「どう?」
「ん〜」
私の言葉に彼は首を横に振りながら答える。
車椅子に座って。
「そっか……ゆっくりリハビリしていこうよ。私も付き合うから」
「ふふっ心強いね」
「世界最強だからね!」
「ははっ、頼もしい」
彼の足は……もう地面を踏みしめる事はできない。
だけど私達は諦めない。彼は何度も絶望的な状況を乗り越えてきたのだ。それもたった1人で。今回もきっと大丈夫。そして今は私が隣にいるもの。
「千姫何か食べたいものある?」
明日から固形物を食べられるとの事だったので千姫が好きな物を買ってこようと思う。
彼はしばらく悩んだ後に少しモジモジしながら教えてくれた。
「は……」
「は?」
「……蜂蜜パイがいいな」
「――っ!」
それは私と千姫の想い出の味。事故とはいえ私と彼のファーストキス。
「まったく! 千姫はまったくだよ、まったく!」
私まで赤くなるじゃない。
「ダメ……かな?」
そんな捨てられた子犬みたいな目で見つめられたら。
「いいに決まってるでしょ! とびっきり甘いやつを買ってきてあげるもん」
翌日、以前と同じお店に寄ってお土産コーナーでご所望の品を購入。そして意気揚々と彼が待つ病院へと向かうのだ。
「せん……」
病室の扉が少し開いていたのでそのまま入ろうと思ったのだが、足を止めてしまった。
室内には彼1人……ベッドの手すりに掴まって床から必死に立ち上がろうとする彼の姿。そして聞こえてくるのは……
「約束したじゃないか。 一緒に海に行こうねって……藤園にも……うぅ……動けよ! 動け……よ……」
私はその場に立ち尽くす事しかできず、彼が落ち着くまで廊下で静かに泣いていた。
………………
…………
……
8月の中頃に彼の退院が決まる。その前の週にソラ達が
「桃太郎!」
「ワンッワフフッ♪」
千姫を見るとソラの手を振りほどいて一目散に駆けてくる。
「ももたろう〜会いたかったよ〜」
「わふっわふっ!」
千姫も桃太郎も大はしゃぎ、桃太郎に至っては泣いているとさえ思えるほどの遠吠え。
「よっぽど会いたかったのね」
「そりゃな」
「うらやましい」
「「「えっ?」」」
ソラが面倒を見ていたけど、あそこまで懐いてはいなかったのだ。謎忍者の本音を少し理解できた気がした。
「猿飛さんもありがとう」
「ん……」
ソラは軽く相槌を打つと桃太郎へと手を伸ばす。
「千姫」
「ん? なに雪音」
「私……」
今言うのは違うかもしれないけど、3人がいるこの場で伝えることにした。
「私……全部知ってるから」
「…………え?」
疑問顔の彼。
私は彼の正面にしゃがみ、両手を握る。
「千姫と幼なじみだってこと、ビル火災から守ってくれたこと……全部、知ってるから」
「…………うそ」
開いた口が塞がらないという言葉どおりの反応。そして千姫はかおる達を
「違うの、かおる達は悪くないから! 私が自分から聞いたことなの! だから怒らないでっ」
「…………」
彼の胸中を考えると怒りたくもなるかもしれない。でもあの状況では知らないことの方が苦しかった。
「ふぅ……そっか……」
空を見上げ大きく息を吐く千姫。
「ごめんな千姫、話しちまった」
かおるがあらためて謝る。それにならって私達も頭を下げる。
「……いや、僕の方こそ今までありがとう。それにさっきは嫌な態度をとってごめんなさい。僕のワガママに付き合ってくれて、雪音のそばに居てくれて嬉しかった。高校で初めて会った日に、4人の仲良さそうな姿を見て、安心したよ」
あの日を懐かしむような穏やかな表情。
「私達は大丈夫だ。な?」
「えぇ! あの時は驚いたけど、また会えて嬉しかったもの」
「ふふ……桃太郎に免じて許す」
コツンッ
「あいてっ」
「あはははっ」
そして3人は私に向かって話を振る。
「それでな……雪音」
「ん? どうしたのかおる?」
少し恥じらった様子でかおるが口を開く。
「私達も……その……昔みたいにさ」
「えっ、なに?」
だんだん小さくなる声。
「そのだな……昔みたいに千姫って呼んでいいか?」
「あっ……」
そういう事か。そりゃそうだよね。今まで私の為に隠していたんだから。
「千姫……」
私は彼の方を振り返り同意を求める。そしていつかの私みたいに、小悪魔な笑みを浮かべて……
「雪音が嫉妬しないならね」
「――っ!」
まったくなんて事を言い出すのだ。
「もうっ! 千姫のばかぁ!」
「「「あはははははっ」」」
夏の日差しが容赦なく照りつける8月の昼下がり……私達はあの頃のような幼なじみに戻れた気がした。
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