第31話 反対
「……」
「……」
気まずい。
非常に気まずい。
何が気まずいかと言うと私の正面に彼が座っているから。これは悪友達の差し金。
「ちょっとソラそれは私の肉だ」
「フフ……甘いよかおる先手必勝」
パクパク
「
「うぇっ?」
プルプルの何か、混ざりあったトロトロの何か……フラッシュバックするあの光景。
すき焼き……すき……スキ……キス
「ほにぁぁぁぁぁぁ!!」
「お、おい雪音どこ行くんだ」
「お、おトイレ〜」
私はいたたまれなくなり全力で逃げた。
「逃げたな」
「「うん」」
悪友達の言葉のとおり逃げてしまった。
――――――
どうしよう、すき焼きが喉を通らない。
それにまともに
洗面所に駆け込んでタオルを濡らして額にあてる。壁に寄りかかりへなへなと尻餅をついてしまう。
「クゥン……」
「
桃太郎が私の隣で首を傾げている。
「心配してくれるの?」
「クゥ?」
動物は人の感情に敏感だと聞くけど、今の私の心はどう映っているのだろう。
「桃太郎……私どうすればいいんだろうね」
「ワフッ」
私の隣で腹ばいになり足元に伏せて眠たそうな目。その頭を優しく撫でながら自分の心と会話をする。
この感情を千姫にどうやって伝えよう。
そもそもかおる達が来なければ……いやいやあそこでヘタレてしまう私も悪いよね。
頭を撫でながら自問自答の時間が過ぎていく。
コンコンッ
「……雪音」
彼の声がすぐ近くで聞こえる。扉は開けたままだけど、私の今の状態を察してか顔を見せずに優しい声音。
「千姫?」
「うん……その」
所々震えた声。きっと私と同じで緊張しているのかもしれない。
「ごめんね、雪音」
「えっ? なんで謝るの?」
「その、直球で言うけど……唇が、えっと」
「言えてないじゃん」
「ごめん」
やっぱり口に出すと恥ずかしいものだ。ストレートと言ったけど、尻すぼみしてしまう彼が愛おしくて少し気持ちが楽になった。
「気にしてないわけじゃないけど」
「うん」
どう言ったものか悩ましい。せっかく話に来てくれたのに言葉が出てこない。好きな人のキスは嬉しいけど、ファーストキスはもっとロマンチックなのを想像してたから。
「ファーストキスはもっとロマンチックなのを想像してた」
「へっ?」
アレ? 私、今なんて言ったの?
心の声が口から出ていた。
私の言葉を聞いた彼の方からドスンという音が聞こえる。
「せ、千姫? 大丈夫?」
音のする方へ慌てて駆け寄ると、さっきまでの私と同じで尻餅を付いて廊下の壁に座っていた。
「あ、あはは……雪音から言われた言葉にビックリしちゃった」
うぅぅぅぅ、私のバカ〜。
「その、なんて言うか」
言い訳が思い付かず目を泳がせる。
「ぼ、僕も……」
「うん?」
千姫も?
「僕も、初めてだったから」
初めての……なに?
「キス……するの」
ちゅう。
心の中でニヤニヤが止まらない!
「そ、そうなんだ……まぁ一瞬だったし」
「うん……一瞬だったね」
一瞬とは言ったけど私は鮮明に覚えてますはい。なんならスローモーションのように再現できますよって!
押される私。
近づく顔。
見開かれた瞳。
驚く口元。
蜂蜜でコーティングされたツヤツヤの唇。
味は蜂蜜パイ。
「そ、それより、すき焼き無くなっちゃうよ?」
「あーうん、そだね」
すき焼きよりも大切なものを私は貰った。
「んしょっと」
彼と同じ壁に私も寄りかかる。
「雪音?」
「私さ、決めたから」
たった二文字の言の葉に何があるのかな。
「決めた? 何を?」
「フフ……まだ秘密」
好きの文字を反対にしてごらん。
「今の笑い方、
「まぁね、ちょっと真似してみた」
この心を焦がす熱はいつまでも冷めないで。
「ねぇ雪音」
「なに千姫」
蜂蜜よりもすき焼きよりも甘く熱いこの想い。
「僕もね、少しずつ……話すよ」
きっと私が知らない彼の秘密だ。
薄々気づいてはいた。
かおる達と話している時と私と話す時ではどこか違う事を。聞いてはいけないと思っていたけど彼から話してくれるならゆっくりと待とう。
「……うん、待ってるよ」
「ありがとう雪音」
見つめる瞳に私が重なる。このままもう一度迫る勇気があれば文句は無いのだけど……今の私には無理だよね。
「ワフッ!」
トンッ
「「あっ……」」
ねぇ、好きの対になる言葉って知ってる?
私の辞書にはひとつしかないの。
それはね――
――チュッ。
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