第29話 蜂蜜

「邪魔するぜ」

「はい、これお土産ね」

「フフ……お主が桃太郎ももたろうか」


 かおると咲葉さくはとソラが突撃してきた。


 あのタイミングでインターホンを鳴らされた私の心は不満だらけ。なにより不満なのは3人が平然と千姫せんきの家にあがりこんでる事。


 むむむ〜。千姫も千姫だよニコニコしながら対応しちゃってさ。


「えっ〜と……雪音ゆきねなんか怒ってる?」

「べっつにー」


 ぶすっとした私の顔を見て彼が苦笑いで聞いてくる。怒ってはいないがモヤモヤする気持ちはなんだろう。


「へぇ、結構広いな」

「いい家ね」


 かおると咲葉は部屋を眺めながら各々感想を口にする。私は半ば諦めながらも後ろからその光景を見ていた。


 しかしソラの次の言葉は聞き捨てならなかった。


「千姫お茶が欲しい」

「うん、わかったよ」


 なんですと? 今なんて?


「千姫私も私も!」

「何か手伝うわ千姫」


「ありがとうみんな」


 意味がわからない。

 なぜ悪鬼羅刹どもは私の千姫を呼び捨てにしているの?



「ちょちょちょ、ちょっと待って! なんでみんな"千姫"の事"千姫"って呼んでるの?」


 私の言葉は意味がわからないかもしれないけど、言ってる事は間違ってない。しかし3人は「何が?」みたいな顔でキョトンとしている。


「いやだって千姫は千姫だし。鬼神おにがみって長ぇし、なぁ?」

「えぇそうよ」

「フフ……雪音が1番最後」


「なん……だと?」


 知らなかった。

 私のいない所で既に3人と仲良くなっていたなんて……ショックだ。頭の中がグルグルしてまともに考える事ができない。そして口から出た言葉は。


「ダ、ダメッ! 千姫を千姫って呼んでいいのは私だけなの!  3人とも呼んじゃダメぇぇ!」


 私の頭がダメだった。


 部屋に響く大絶叫。

 桃太郎もビクッとした。


「はは……公開告白かよ。良かったな千姫」

「だからダメなのっ!」

「はいはい、雪音も嫉妬するんだな」


 かおるが茶化す。


「雪音は執念深いから怖いよ千姫」

「だから〜」

「フフ……いいおもちゃ」


 ソラはいつもどおり。


「雪音……」

「な、なによ咲葉」

「赤ちゃんみたい」


「ぶはっ!」


 とうとう彼が耐えられなくなって笑い出す。


「せ、千姫まで!? ひどいよ〜」


 敵が4人に増えた気分だ。しかし彼はひとしきり笑うと涙を拭いながら3人に告げる。


「えっと、そういう訳だから雪音の前だけでも苗字で呼んでくれるかな?」


「OK」

「赤ちゃんの頼みなら仕方ないわね」

「バブバブ」


 くっ! 3人とも覚えてろよ。


 頬をポリポリしながら真っ赤な顔の千姫さん。


「雪音……あ、ありがとう。凄く嬉しい」

「ど、どういたしまして?」


 お互い何を言っているのかわからないけど、何とか丸く収まった……よね?


 そしてそれぞれソファに腰掛けて雑談に興じる。気を取り直した私は学校の課題を彼に教える為に隣に座る。




「――わかった千姫?」

「う〜ん、どうだろう。テストしてみないとわかんないかも」


 それなら方法はひとつだよね。


「そうだよね、じゃあさ今日覚えた所を明日テストしようよ、ね?」

「明日か……学校が終わってから?」


 これなら自然だよね?


「そうね。帰り道に駅前のメンチカツ買って来ようよ」

「あそこの美味しいんだよね。雪音も好きなの?」

「大好物!」


 熱々のメンチカツをふたりでパクリ。

 ぐふふふふっ。


 そんな2人だけの世界をジトっとした目で見つめる3人娘。


「お前ら……」

「かおる、それ以上は……」


 咲葉が制止したのにソラがトドメを刺しに来た。


「早く付き合えよ!」


「「ぐはっ……」」


 その言葉は私と彼にクリティカルヒット。


「なななな何を言っってるのかな? かな?」

「あはははっ」


「何ってなぁ?」

「ねぇ?」

「雪音も千姫もヘタレ」


「たから千姫って呼ばないでってば!」


 答えは既に出ている。

 私だってさっき邪魔が入らなければ告白しようと。


 そんな事はつゆ知らず3人は私と千彼をからかいまくる。




「もう! そんな事言うんだったらお菓子あげないからね」


「えっ、お菓子! 雪音早く出す」

「私も食べたいぜ」

「からかい過ぎてはなんとやらかしらね」


 自由な人達だ。まぁ彼女達に相談したのがそもそもの間違いだったかもしれない。


「せっかく千姫と食べる為に買ってきたのに……いい? 千姫」

「うん。皆で食べた方が美味しいからね」


 彼も彼女達の攻撃に疲れたのか少しぐったりしたように返事をする。


「なに買ってきたの雪音」

「実はねぇ、駅前のショッピングモールの地下で見つけたんだけど」


 私はガサゴソと袋に入った蜂蜜パイの包みを取り出す。すると……



「雪音、その包みって?」

「えっ? どうしたの千姫?」


 おもむろに立ち上がった彼はキッチンの方へと歩いていく。


 戻ってきた千姫が手に持っていたのは。


「……同じだ」

「包み見てビックリした」


 私と彼の手にはデフォルメされた蜜蜂がウインク。


「駅前のショッピングモールの地下って聞いた時にもしかしてって……限定品って書いてなかった?」

「書いてた! それに釣られた」


 期せずして彼も同じ場所で買ってたのま。


「ふふふ……被っちゃったね」

「うん。でも雪音と一緒だと思うと嬉しいね」


 同じ物を手に微笑み合う。


「電波が一緒ってやつ?」

「そうそうそれ!」


 昨日の今日で気分が高まるばかりだよ。


「忘れないよ〜印象的だったもん」

「誕生日は覚えてる?」


 忘れないよ。


「もちろん! 3月3日でしょ?」

「雪音は12月25日だよね」


 ずっと忘れないよ。


「あははっ」

「うふふっ」


 デフォルメされた蜜蜂がそっと羽を重ね合う。


 もうふたりの空間に邪魔は入らないように。




「「…………」」



 ただひとりを除いては。



「天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」



「「ぐはぁっ」」


 ふたりの空間に忍びの者が現れた。


 どごでも邪魔をするソラは蜂蜜パイを奪うと

 一口食べて一言。 



「甘いのはふたりだけにしてほしかった」



 その言葉に咲葉とかおるは激しく同意した。


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