第26話 惚気

「ただいま〜」


 永遠に思える幸せな一日が終わった。

 あの後、行きと同じ道のりを辿りバスと電車に揺られながら帰宅した。


 駅で別れる時に「送って行こうか?」と言われたのだけど丁重にお断りした。理由は彼も疲労の色が顔に出ていたし、何より私がひとりになりたかった。


 好きだと自覚した後に自宅に彼が居たら私の理性が持ちそうにないから。


雪音ゆきねおかえり」

「どうだったデートは?」


 パパとママはリビングから顔を出すとニヤニヤしながら尋ねてくる。


「もうっ! デートじゃないってば」


 そんなおバカ夫婦にプリプリしながら答える。ふたりは笑い合ったあと真剣な表情になり別の質問を投げかける。


「それで、鬼神おにがみくんは連れて来たのかい?」


 さっきも言ったけど彼が自宅に居たらどうなるかわからないよ? 私が。


「えっ何のこと?」


 すっとぼけた答えで誤魔化すわよ。


「デートが終わったら連れてきてくれって前に言ったと思うんだが」


「あっ」


 今度は本心からのすっとぼけた声が出た。


 そう言えばパパに彼の話をした時に言っていたような。


 マズイわね。何か言い訳しないと。


 頭の中をフル回転させてアレコレ言い訳を口にする。


「えっと、アレだよ! 千姫せんきも具合が悪いっていうか、疲れてたっていうか、体が弱いから今日は遠慮してもらったっていうか。ははは……」


 ふむ、我ながら良く口が回るものだ。


 それっぽくまとめられていたと自画自賛。しかし、それを聞いた両親の反応は別のもの。


「……体が弱い」

「やはりな」


「ん? パパ、ママどうしたの?」


 私はふたりの真剣な表情を見て不思議に思ってしまう。


「あ、いや気にするな雪音。そうか、ではまた今度紹介しなさい」

「う、うん」


 納得してくれたならそれでいいけどちょっと引っかかる。けれど今度はママから爆弾が飛び出した。


だって〜。昨日までは鬼神くんっだったのに〜! ちょっと詳しく聞かせなさいよ〜」


 ママの乙女スイッチに火をつけてしまった。私は顔を赤くしながらリビングダッシュで出る。


「ママには関係ないでしょ」


「あ、雪音ご飯は〜?」

「いらない」


 パパとママの笑い声を背中に受けながら自室の扉をパタンと閉めてベットにダイブする。


「ふぅ……ふぅ……危ない危ない。あの状態のママに絡まれたらめんどくさいもん」


 私は枕に顔を埋めつつスマホを手に取り今日撮った写真を一枚ずつスクロールする。


「……カッコイイ」


 口から出た言葉は素直な心。


 写真の中の彼の横顔を見ながら指先で画面に触れる。次の写真は真正面を向いて微笑んでいる表情。


「誰も見てないわよね?」


 その唇にそっと触れる。

 その瞬間。



 ピロリロリン! ピロリロリン!


「うわぁぁぁ!」


 握っていたスマホを放り出す。

 ヒトリノジカンを満喫しようとしていたら侵入者の音が鳴り響く。


 落ちたスマホをそっと覗き込むとそこには見知った人物の名前。


 犬飼いぬかいかおる

 雉ノ宮きじのみや咲葉さくは

 猿飛さるとびソラ


 グループ通話のお知らせだった。



「なんだ、かおる達か……それにしてもタイミングが狙ったようでムカつく」


 グチグチ文句を言いながらも、誰かに彼の事を自慢したくて手が伸びてしまった。これが失敗だったのかもしれない。


 ピッ


「もしもし、私だけど……」


『おう雪音か? いやぁ、今さっきまで3人で雪音がどこまでイッたか話してたんだよ』


 元気のいい声のかおるだけど内容は卑猥だった。


「ど、どこまでってそんな……」


 急にそんな事を言われるものだから声がうわずってしまった。


『雪音……怪しい。全て吐け』

『そうよ〜お姉さんが聞いてあ・げ・る♪』


 ソラと咲葉もノリノリで聞いてくる。


 ちょっとくらいならいいわよね?


 少しなら良いかなと思い待ち合わせをした所から話し出す。


 千姫がどれだけ素敵か聞かせてやるんだから!


 ――――――


 30分後


「――でさぁ、パスタを食べる時にね、千姫ったら顔を赤くして〜。あっ私もなんだけどぉ」


『へぇ、それで』

『……うん』

『……』



 1時間後


「千姫の顔と私の顔が近づいて〜、でねでね! そっと私から手をギュッと握って〜」


『……ん』

『『…………』』



 1時間30分後

「あ、名前呼びの時なんか私から最初に言ったんだけど」


『『『…………』』』



 2時間後

「藤の花のトンネルで写真を撮る時に、奥様達になんて言ったと思う? ねぇ?」




「アレ……ねぇかおる、咲葉、ソラ、聞いてる?」



 おかしいな反応がない?

 スマホの画面を確認すると確かに通話状態のまま。


「もしもし、みんな聞いてる? それでさぁ帰りなんて……」


『……雪音』


「ん、どうしたのソラ」


『木っ端微塵に爆発しろっ!』

 猿飛ソラ、離脱。



「えっ、ちょっと……」


『ふぅ。ねぇ雪音』


「咲葉! ソラがひど……」


『早く付き合えヘタレ乙女!』

 雉ノ宮咲葉、撤退。



「もう! かおるみんなが……」

「はっはっは〜元気でな〜雪音〜」

 犬飼かおる、笑顔。



 無音のまま握りしめられたスマホを呆然と見つめる恋する乙女の姿がそこにはあった。


「もう! みんなの方から聞いてきたんじゃない失礼ね」


 まぁ、1番の失礼は2時間も彼との事を永遠と話し続けた私かもしれないけど。


 仕方ないじゃない、誰かに千姫の事を自慢したかったんだもん!


 恋は盲目。

 昔の人は素晴らしい言葉を残している。



「はぁ、明日も会いたいな……千姫」


 握りしめたスマホに、彼の名前を無意識で打ち込む。


「鬼神……千……」


 そこで手を止め、千の文字を消してから代わりに別の文字。


「雪……音」


 その文字の羅列を見た瞬間、今まで感じたことのない衝撃が全身に駆け巡る。毛細血管の隅々までその熱が伝わるような感覚。



鬼神雪音おにがみゆきね



「きゃぁぁ!  待って待って待って待ってぇぇぇぇ」


 ヤバい!

 何これ!

 凄い凄い凄い!

 文字を見ただけで発狂してしまうわぁ!


 ベットの上でゴロゴロと転がりながらニヤニヤが止まらない。ただ文字と文字を合わせただけなのに、この胸の高鳴りはなんだろう。


 ゴンッ


「痛ァァァ……」


 壁に頭を強く打ち悶絶してしまう。はしゃぎ過ぎてバチが当たった。その拍子に手に持っていたスマホがベットの下に落ちる。


 恋は盲目。


 あの時そのまま寝落ちせずにスマホを拾っていれば。


 後の祭り。


 昔の人の教えは有難く受け取るべきだと実感する事はなかったのに。




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