第20話 距離

「わぁ! すごいねここ」

「やっぱり本物は凄い」


 受付でパンフレットをもらって中に入るとそこには一面の藤の花が咲き誇っていた。


「こんなにいっぱいの藤の花は初めて見たよ」

「僕も……なんていうか言葉が出ないね」


 私達はまず初めに園内の案内に沿って歩き出した。この季節は藤の花が見頃らしく園内はたくさんの人で賑わっている。


 バスの中で触れていた左頬が熱い。


桃宮ももみやさん」

「ん?」


 ヤバっ、赤いのがバレちゃった?


「どうしたの鬼神おにがみくん?」


 さっきの男らしさとは違ういつもの彼。何か言いたそうにこっちを見たり見なかったり。


「もしかして具合悪い?」


 彼の体調を心配したけど勢いよく首を振り私の正面を見据える。そして。


「紫の色に負けないくらい、黄色の帽子も似合ってるよ」


 真っ直ぐ瞳。

 真っ直ぐな言の葉。

 真っ直ぐな彼の心。


「ありがとう。今日の為にオシャレしてみました♪」


 届け。


「くふぅっ……桃宮さんホントずるい」


 私のライフと彼のライフどっちが先にゼロになるか勝負だね。


「鬼神くんこそ今日の服似合ってるよ」

「追撃禁止で」


「あはっ」


 私の勝利は揺るがない。

 それでも彼と一緒にゼロになる未来も悪くないと思ってしまう。



「ママ! 紫の花がいっぱいー」

「ふふ、そうねぇきれいだねぇ」


「パパ? かたぐるましてー」

「よし任せろ!」


 近くで元気のいい子供の声が聞こえてくる。



「子供は元気だね」

「すっごく楽しそう。あの子はきっとキレイなこの光景を忘れないだろうね」


 私も忘れないよ。


「そうだといいね!」


 なんとか話題を切り替え何気ない会話をしながら道なりに進んでいく。ふと彼の方を見ると暖かな目で親子連れを眺めていた。


「鬼神くんって子供好きなの?」


 親子連れを見る彼の目が少し羨ましそうでもあったのでつい口に出てしまった。


「子供は好きかな。元気だし明るいし可愛いしトテトテ歩くし。ご飯をこぼしながら食べてる所も可愛いよね。あと甘えんぼうな所もいいねギュッてしたくなる」

「んふっ」


 まくし立てるように語り出したので私は微笑ましくなる。


「あっ! でもでもそっちの趣味とかじゃないからね? 違うからね?」

「あはは、わかってるわかってる」


 やってしまったとばかりに後から付け足したように言い訳をする。めったに見られない彼の慌てた姿が拝めたので質問して良かった。


 こうやって彼の事をゆっくり知っていこう。


 クスクス笑っていると彼は少し不満げに同じ質問をしてきた。


「桃宮さんはどうなのさ?」

「私かぁ」


 正直、子供は少し苦手だ。


 昔、保育園の職場体験に行った時にやんちゃな男の子が仕切るグループから泥団子を投げつけられた事がある。


 そして、無神経にも悪口を散々言われたのでその事が未だに尾を引いている。


「う〜ん」

「なんかごめんね、答えにくい質問だったかな?」


 私が言い淀んでいると気を使って話を中断させようとする。元はと言えば私が最初に聞いたから答えないのはフェアじゃない。


「実はさ昔――」


 ――――――


「――そんな事があったんだ」


 職場体験での事を正直に話すと彼は少し困った顔で俯いていた。


 ダメダメ!

 せっかくのデートがこんな雰囲気になるなんて!


 私は話した事を少し後悔しながら気にしてないアピールをする為に早口で付け加える。


 ん、デート?


「今は全然気にしてないから、まぁ自分の子供だったら可愛いと思うよ!」


 色々考えがごちゃごちゃして何を言ってるのか分からなくなってきた。そんな私の言葉に彼の反応は。


「自分の子供」

「まぁいつか結婚するだろうし、その時になったら好きになるかもなぁ……なんて」


 私も彼に負けじとまくし立てるように言ってしまった。そのせいで若干冷や汗をかいたけど一応の体裁は整えたと思っておこう。


 私の言葉に何かを考え込む彼の瞳は遠くを見ているようで寂しさを孕んでいる。その瞳には淡い紫色が反射する。


「……自分の子供ならきっと好きになるよね」

「そうそう! 好きになるよ」


 淡い紫色から明るい黄色に変わった彼の瞳は元気を取り戻したように輝きを増す。


 私は時折スマホで写真を撮りながらお互いに程よい距離でゆっくりと歩く。


 満開の藤の花と心地よい風、暖かな太陽、楽しげな会話、周りには穏やかな空間が広がる。そんな素敵な時間をくれた彼の事を少し考える。


 誘ってくれた嬉しさと時折見せる彼の寂しげな表情が気になり私は少し距離を縮める。



 彼との距離……15センチ。



 このくらいならいいよね?


「桃宮さん見える?」

「へっ?」


 急に振り返った彼の顔が私の目の前にくる。



 彼との距離……7センチ。




「ご、ごめん! こんなに近くにいるとは思わなくて」

「う、ううん。私こそ近すぎたよね?」


 跳ねる心は鐘のよう。


 色とりどりの花を見に来たハズなのに、私の心の方が様々な色で塗りつぶされてゆく。


「気を取り直して……行こうか桃宮さん」


 チラリと彼の横顔を見ると赤色に彩られている。それが嬉しくてまた余計な事をしてしまう。



 ギュッ



「……えっ?」


「これなら距離を間違えないでしょ?」



 跳ねる心は鐘のよう。


 私の方から鐘を鳴らしに行ってもいいよね?


 彼の手と私の手がお互いの熱を交換する距離。



 その距離……0センチ。



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