第17話 交換

「ありがとね桃宮ももみやさん」

「う、うん……気にしないで私が勝手にやった事だから」


 今更になって私は彼にお粥を食べさせた事が恥ずかしくなって返事の声もどこか上擦る。


 めっちゃ恥ずかしい〜ってかなんで鬼神君は平気そうなの?


 心の中で自分と戦いながら彼の方をチラリと見てみる。


「……」

「ははっ」


 鬼神くんの顔もちゃんと赤いや。


 平気そうにしていたのは声だけで、それが嬉しくて可笑しくてついつい笑ってしまった。


「桃宮さんのいじわる」

「ごめんって! そりゃそうだよね、恥ずかしいもんね」


「でも、本当にありがとう。とても美味しかったし嬉しかった」

「ほとんどスーパーで買ってきたやつだけどね」

「それでも誰かと一緒に食べるご飯は美味しいよ」


 桃太郎ももたろうの頭を優しく撫でる彼の表情は穏やかになっていく。


「ねぇ、鬼神くん」

「ん? なに桃宮さん」


 私は聞いていいかどうか迷ったけど、彼の事をもっと知りたいという思いが強くなって気づけば口を動かしていた。


「お昼休みってさ、その……どうしてるの?」


「お昼休み? あぁ、今の見て心配してくれるんだね。まぁ桃宮さんになら話してもいいかな」


 桃宮さんにならだって!

 キャーなんていいセリフ!

 もっかい! もっかい言って!


 彼の言葉に一喜一憂してしまう私はどうかしてしまったのかな。これがいわゆる看病マジックというやつなのか(絶対違う)


「さっきも少し話したけど、たまに体の調子が良くない事があってさ。食べ物を落としたり水を零したりする事があるから……」


 その続きは推察できる。


「だから一人でどこかに行ってるの?」

「あはは、まぁそういう事だね」


 やっと理解できた。

 そして今の彼の現状を見て更に実感する。今までの事や今日の事を知ってしまったので気持ちが昂り余計な事まで口走る。


「なら、私と一緒に食べようよ?」



「…………ふぁい?」




 あっ、やっちゃった!

 後先考えず思った事をすぐ口走る性格がここに来て裏目にぃぃぃ。ほら、鬼神くんも変な返事して固まってるじゃん。


「い、いやぁその……ほら」


 言い訳が出てこないよぉ。


「えっと……つまりお昼を一緒に食べるって事?」

「はい、そうですねっ!」


 なんて元気のいい返事をしてるんだ私は。彼の言葉に脊髄反射のように反応してしまう。


「だったら一緒に食べたいな」



「…………ふぁい?」




 今度は私が変な返事をしてしまっている。彼はなんて言ったのかな?

 一緒に食べたい?

 私と?


「いいの?」

「桃宮さんが誘ってくれたんじゃん」

「まぁ、そうだけど」


 なんで、誘った私の方が照れてるのよ。

 なんか悔しいわね。


「ふ、ふんっ。私と一緒にお昼を食べられる事をありがたく思いなさい!」


 昨日漫画で見たツンデレヒロインはこんな感じだったわね。これでどうかしら?


「あっはは。桃宮さんの色々な一面が見れて楽しいよ。学校でもこれだけ楽しく話したいなぁ」


 そんな屈託ない笑顔で言われたら私の心臓が持たないよ。

 もう勘弁してください。



「でも嬉しいな。桃宮さんと学校でもお昼を食べられるなんて」

「う、うん。誘ったの私だから約束は守るよ」


「でも良かったの? 犬飼いぬかいさん達と一緒に食べてるよね?」

「まぁあの子達は私をからかって楽しんでるだけだから……私としては清々するわよ」


「そ、そうなんだぁ」


 事実、昼食の時間というのは悪友達に囲まれて女子トークをしているに過ぎない。女子トークと言っても、主にソラが私をからかいかおるが煽りそして咲葉さくはがトドメを刺す。


 うん、抜けても問題なし。



「鬼神くんはいつもは何処で食べてるの?」


 話題転換とばかりに私は彼に聞いてみた。教室や学食で見かけた事がないから別の所で食べているのだろう。


「誰も来ない裏庭にさ、花壇が綺麗な所があるんだよね」

「へぇそんな所あったんだ」


「風が強い時や雨の日は無理だけど、天気がいい日はそこで食べてる」

「じゃあ、今度から私もそこで食べる」


 彼は私に顔を向けると少し微笑んでから「ありがとう」と言ってくれた。


 もうそろそろいい時間になってきたのでお開きにしようという事になり私は帰り支度をする為に席を立つ。すると彼がおもむろに私の裾を引っ張って呼び止めた。


「あのっ」

「ん? どうしたの鬼神くん」


 彼を見るとまだ熱があるんじゃないかと疑ってしまうように顔が赤い。長居しすぎて悪化させてしまったのかなと後悔していたけど……


「あの……桃宮さん」

「ん?」


 言い足りない事があったのかな?


「その、えっと……連絡先を……教えてくれないかな?」




 どうやら顔が赤くなっていたのは私に連絡先を聞くためだったのか。そんな彼に対して私は「もちろん」と言って連絡先を教えた。

 程なくして私は彼に見送られて玄関へと向かう。


「送ってあげられなくてごめんね」

「いいって。駅でお父さんと待ち合わせしてるから」


「それなら良かった」


「早く元気になって学校に来てね! そして一緒にお昼を食べよう」

「うん、楽しみにしてる」


「それと……お花見も」

「うん! もっと楽しみにしてる」


「じゃあね。お大事にそしておやすみ」

「バイバイ、ありがとうとおやすみ桃宮さん」


 大好きなお気に入りスポットと最近気になる男の子に別れを告げて私は坂道を歩いてゆく。


 色々パターンを用意していたのに結局彼から教えてもらっちゃった……えっへへ。


 新しく私のスマホに入った連絡先。



鬼神千姫おにがみせんき



 私はそっと……鬼神千姫をお気に入りフォルダに仕舞い込む。



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