第6話 犬縁
丘にある木に隠れて私はその光景を見ていた。柵の中の庭に黄金の毛並みが尻尾をブンブン振って喜んでいるのがわかる。しかし首輪は付けていない。
なんでだろう。
そして彼は大きな袋を持って古い家の敷地に入る。
ってことはここに住んでるのかな?
そんな疑問がよぎったけど、今は彼の行動を観察することにした。
「
彼は大きな袋から沢山の食べ物を取り出した。いや、取り出したのはいいけどその中身はマズかった。
なんて物をあげようとしてるの!
焼き鳥・唐揚げ・おにぎり・はたまたスナック菓子の数々。
それを見た瞬間、隠れている事を忘れて私は飛び出しながら叫んでいた。
「待ったぁ! そのチョイスはダメっ!」
今にも美味しそうに食べ始めるワンちゃんを止めるべく走り出していた。
「――っ!?」
彼は私の声に肩をビクッとさせてこちらを振り向き固まっている。ワンちゃんも同様にビックリした顔。
「えっ? も、
私は急いで庭に入り食べ物の数々を没収していく。その時「くぅーん……」とワンちゃんの声が頭に響いたけど背に腹はかえられない。
「ぜぇ……はぁ……な、何考えてるのよ?」
少し声が荒れているけどそんな場合じゃない。
「桃太郎にご飯を……」
「バカじゃないの? 人間の食べ物与えてどうするのよ?」
私は怒っていた。
ペットに人間の食べ物を与えて亡くなってしまう事があるとわかっていたから。
「でも、美味しいし……」
「はぁ? いいわけ無いでしょ! 今までもあげてたの?」
「いや、実は昨日……道端で鳴いてたから」
鳴いてたから連れてきた。
泣いてたから手を引いた。
彼の優しさに少し触れた。
はぁ〜と安堵のため息をついたら少し冷静になった。
「昨日は何あげたのよ?」
「ダンボールの中にドッグフードとミルクがあったから」
それなら大丈夫か。
でもそれとこれとは話が別。
「で、なんで今日はこんなチョイスなのよ?」
「お腹いっぱい食べて欲しくて……」
はぁ……とまたため息が出る。怒っていた感情も一緒に流れて、彼に強く当たってしまっていた事に今更ながら気付いてしまう。
「
「いや、ない……です」
急に敬語を話す彼に苦笑いしながら、その返答に私は暫し腕を組んで考えた。足元を見ると可愛らしい黄金の毛並みが足首をペロペロと。
そして、ふと顔を上げたとき……そのつぶらな瞳が私を見据え「くぅーん」と再度鳴いてきた。
「はぁ……」
私は今日ため息をつくのは何度目だろう。
「いいわ! 私が色々教えてあげる」
あの瞳に見つめられたらもう降参だよ、可愛すぎ。
「えっ……でも」
「とてもじゃないけど、鬼神くん1人に任せておけないわ」
意地悪な言い方になってしまったけど許して欲しい。
「……」
彼は下を向きワンちゃんと同じ目線に立って頭を軽く撫でながら考える。その横顔は今日の私に向けてくれたように優しく穏やかで慈愛に満ちていて……どこか寂しそう。
――何かを決めたように
――何かを宿すように
――何かを託すように
風でなびく髪。
見えそうで見えない右側の瞳。
夕日に照らされたその顔は陰影のせいか男らしい。学校の印象とはまるで違う夕方の君に不覚にも美しいと思ってしまう私がいた。
慌てて首をブンブン振る。
違うのよ
決してそういう感情じゃ。
「……うん、わかった。色々教えてください桃宮さん」
「ふぇっ?」
変な妄想に突入しかけて私は素っ頓狂な声を上げる。彼は立ちあがると私と目線を合わせてそう答えた。彼の顔をまじまじと見たのはこれが初めて。
初めてだと言うのになぜか懐かしさを感じてしまう。まるで夢の中の――
「ワン!」
思考の海の中に可愛らしい声が横切った。声の主の方を見下ろすと「早くご飯!」と言いたげに尻尾をブンブン振っている。
この子、桃太郎って名前なのよね……ふふふっ。ちょっとだけ親近感がわくかな。
「桃宮さん、昨日のドッグフードがまだあるんだけどそれでいいかな?」
「そ、そうね。今日はそれにしましょう。あとお水を一緒に持って来て」
「うん!」
彼は私の言葉に嬉しそうに返事をすると家の中に入っていった。
やっぱりここに住んでるんだ。
私のお気に入りスポットに住む彼。
大木が風に揺れてザワザワしている。
今の私の心と一緒。
夕日が沈む頃、最後の暖かな光を目一杯浴びる空。そこに佇む私とワンちゃん。そして私達の背後には1人と1匹の影が地面に大きく伸びる。
そこに彼の影はまだ無い。
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