確率的疑似宇宙

 それはまるで星空を閉じこめた水晶玉のようだった。

 そして美しくきらめめく白点が球体の中を全体的に一様に分布したところでその動きは止まった。

「これで準備できたわ」冴羽さえばさんはほっとした様子だった。

「こ、こんなすごい結果になるなんて驚きです。なんだか宇宙みたいな感じで感動しました」僕はいままでの苦労が報われた気がしてうれしくなった。

「この白い一つ一つの点があなたがいままで入力した数字、つまり乱数情報を球体座標に配置変換したものよ。このシミュレーションには初期の粒子の分布情報を与えなければならないの。はじめにたくさんの粒子の分布を設定して、それらの粒子間にはたらく力を直接計算するの。一つ一つの粒子は、実際の星々や銀河に対応しているわけではなくて、これはあくまでも物質分布を表現するための手段なの。この初期分布も始めは二次元の座標配置で作ったんだけど、結果が天体分布の配置に似てたので教授が三次元の座標に置きかえて立体映像にして見たいって話になって、一年がかりでプログラムしたのよ」と彼女。

「ほう……」僕はなんとなくわかったようなつもりで答えてみる。でも大変な作業だなとということだけはわかる。


「よし、ここまでは順調だな。じゃあ冴羽くん、つづきを頼むよ」教授が言い、また彼女は手際よくキーを叩き始めた。

 しばらくすると、黒い球体の中の無数の白点が少しづつ動き始めた。ブルブルと細かく振動するような動きだった。

「このプログラムは、地球から遠ざかっていく銀河と、近づいてくる銀河の編移データを解析して組み込んだものなの。これらの粒子間の重力相互作用を計算し、各粒子の速度を積分して次の位置を決めることで動いているのよ。面白いでしょ」と彼女。

「この動きってなんだかその、花粉の中の微粒子が水の中で動くラウン運動に似てる感じですね。さらに拡散していくところも共通してるし」僕の率直な感想だった。

「おお、そうだな。だとすると一つ一つの銀河はマクロレベルでブラウン運動をしている可能性があるな。非常に興味深い」と言って教授は白点の動きを見ていた。

 その間にも一つ一つの白点は振動しながら間隔を広げていき、やがて集中的に集まったかたまりの部分とまばらで希薄になった空洞部分が形成されていった。

「おお、これは現在観測されている銀河分布とそっくりだな」教授は目を輝かせている。僕はそれを見て生物の個体間の分布様式に似てるなと思った。まるで“一様分布”から“集中分布”に変化したような感じだなと。

 

 さらに時間が経過すると、白点の密度が濃く大きく成長し、それぞれの集団もゆるやかに振動しながら急速にお互いの間隔を広げていった。

「教授。白点の集団の映像がだんだん見えなくなりますよ」僕が言うと「うむ、まずいな冴羽くん、映像をもっと拡大できないかな」教授が言った。

「拡大はできないけど、白点の座標データなら俯瞰ふかん縮小できますよ」

「よし、やってみてくれないか」教授が言うと、彼女はすばやくキーを叩いた。

 しばらくするとまた、大きな白点の集団が見えてきた。集団は急激に小さくなっていき、球体の外側部分に無数の白点の集団が次々に現れまた全体が見えてきた。


 つづく

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