十一章 「思い出させれる」

 彼女がなかなか見つからないことで、また過去のあの日のことが思い出された。

 今はそれどころじゃないとわかっているけど、『心』は時に暴走する。

 あの日とは、ある人が涙を流すのを見て、僕が救えなかった日のことだ。

 あの日も、今のこの状況と同じような日だった。

 なんの偶然かわからないけど、あの人も突然僕の前からいなくなった。

 もちろん、僕はその時もすぐに探した。

 あの日と今に、重なる部分が増えてきて、体がブルっと震えてきた。


 あの人とは、彼女と付き合う前に僕が付き合っていた吉川 美琴よしかわ みことという女性だ。

 美琴は、僕と同じ年の16歳だった。僕と美琴は同じ学校のクラスメイトで、普通の出会い方をし、普通に恋に落ちた。

 それはどこにでもありそうな恋だったけど、恋に特別さは必要ないと思う。僕だって運命的な出会いに憧れはある。でも、それは本当に奇跡のなすもので、そんなに簡単に奇跡は起きないこともわかっている。それに出会い方は普通でも、その後をキラキラしたものにすることはきっとできるから。大切なのは二人の思いが重なっていることだ。僕たちは確かに惹かれあっていた。

 でも、その日は突然訪れた。

 その日の午前中、美琴と普通に話をしていた。

 僕はいつものように美琴とお話をしながら一緒に登校し、学校についても休み時間には楽しく話していた。美琴も笑っていた。

 でも、突然いなくなった。

 それは昼休みに、「一緒にお昼ごはんを食べよう」と美琴に声をかけに行こうとした時だった。

 美琴の席に目を向けると、美琴の姿はなかった。

 美琴の仲のいい女友達に、「美琴は、どこに行ったか知ってる?」と聞いたけど、誰一人知ってる人はいなかった。

 少しどこかに行ってるだけかもしれない。実際美琴の友達も慌ててる様子は全くなかった。

 でも、僕は違和感を感じた。

 だって、誰も知らずに消えるなんて明らかにおかしいから。

 だから、急いで美琴を探すことにした。

 高校生の行動範囲なんて限られているのに、僕はなかなか美琴を見つけられなかった。

 汗を流しながら校内を探し回った。この汗は走っているためか、冷や汗なのかわからなかった。ただ、汗を拭くこともせず僕はひたすら走り回った。

 その間に何度かスマホがバイブ音を鳴らしていたけど、僕は今それどころではなかったから確認しなかった。

 そして、僕は学校の屋上を扉を勢いよく開いた。

 その先に、美琴の後ろ姿が見えた。

「探したよ。どうしたの?」と僕は息を切らしながら美琴に声をかけた。

 なぜだろう。美琴を見つけられたのに、心はまだぞわぞわしている。

 美琴は、屋上のフェンスの近くにいて、僕とは結構距離がある。

 美琴は、僕の言葉にすぐに返事はしなかった。

 しばらくしてある言葉を言った後、くるりと反対を向きゆっくりとフェンスを登りそのまま……


 僕は、そこで強制的に思考を止めた。

 頭が、痛くなりそうだったから。

 彼女と美琴に関係性があるはずがない。

 そもそも彼女と美琴は似ていない。美琴は茶髪のショートヘアで、活発で明るい雰囲気だ。身長も145センチとかなり低い。

 見た目の特徴は他の部分も、似てるところを見つけるのが難しいぐらい全く似ていない。

 どうして今美琴のことを思い出してしまったのだろう。彼女に美琴を重ねてしまったのだろう。

 なぜこんなに心にモヤモヤが増えていくのだろうか。

 そもそも元カノのことを思い出すなんて、今の彼女には失礼なことだ。

 でも、僕は光りを見つけるかのように、考えを止めることができなかった。

 性格的な部分はどうかと考えてみると、二人の間に共通点を僕は見つけてしまった。

 それは二人とも自分のことを積極的に話すタイプではないこと、消えそうな儚さがあることだ。

 一つ目はきっと二人とも優しい過ぎるからだろう。自分の大変なことなどを話すと、相手は自分のために大切な時間を割き、困らせてしまうと感じるのだろう。

 その気持ちは、僕も少しはわかる。

 二つ目の消えそうな儚さがあることは、完全に一致しているとは思いたくなかった。

 確かに二人とも儚さを秘めている。今日彼女と話して、彼女の抱えていたものを初めて知った。それは決して軽いものとは言えない。でも、僕にとっては、やはり彼女は光って見えるのだ。その儚さが消えそうかと言われそうと聞かれたら、まだ僕にはわからなかった。

 消えてほしくないという願望がこもっているのかもしれない。

 でも、僕は、彼女と美琴が性格的に似ているということを今気づいた。

 今まで考えることすらしていなかった。

 あれほどのことがあったのに、僕は意識的に美琴のことを思い出さないようにしていた。いや、忘れようとしていた。

『悠希は、諦めたり忘れたりすることができていいよね』という彼女の言葉がまた頭に響いてきた。

 胃液が急に上がってきて、吐きそうになった。

 僕は美琴のことを思い出して、彼女を尚更早く見つけらなきゃとまた足を動かした。

 手遅れになる前に、見つける。

 彼女は、まだ救えるはずだから。

 少し頭が働いてきた僕は、次に二人でよく行っていた店に行くことにした。

 彼女は今、誰も頼る人がおらず、一人ぼっちだ。

 一人だということは恐ろしく不安なことだ。考えはどうしても悪い方にばかりいってしまうだろう。

 そこは写真映えする店構えのカフェだ。

 最近オープンしたお店で、店内もきれいだ。

 僕は彼女の影を追いかけて、ドアを開けた。

 店の中は混んでいて、明るい声があちこちで飛び交っていている。

 他の人が怪訝なそうな目で見ていることなど気にせず、僕は店内を歩き回り彼女を探した。

 またいなかったと、僕は静かに店を後にした。

 僕には、二人でよく行っていたところに彼女がいてほしいという願望もあったのだろう。せめて彼女が心を休めることができる場所を僕が作れていれば思っていた。

 この思いは、自惚れだろうか。

 それから続けて、僕は彼女が一人ででもよく行っていたお店に行くことにした。

 そこは、二人でランチにも行くお店だった。

 僕の家から近くかったし、デートに行った時にたまにこの店に来ていた。

 彼女は「ここのミルクティーが美味しい」と一人でもよく行くとも言っていた。

 先程の店とは違い、店内は静かで穏やかな空気が流れている。

 彼女はどちらの雰囲気が好きなのだろうか。そんなことが不意に頭に浮かんだ。

 彼女は本当はこういう雰囲気のところが好きなんだろうか?

 僕は勇気を出して、店員さんに「彼女がこの店に来なかったか、彼女を見かけなかったか」と早口で聞いた。

 でも、僕が求めている返事は返ってこなかった。

 他にも僕が思う彼女が行きそうなところは、片っ端から行った。

 でも、どこにも彼女はいなかった。

 彼女は、本当にどこにいってしまったのだろう。


 

 

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