十章 「どこに行ったの?」

 僕は、すぐに家の周辺を探すことにした。

 彼女は何も持たず出て行ったから、スマホに連絡しても意味がない。非常事態の時に、いつも使っているものは役に立たないことが多い。

 彼女が家を出てすぐには追いかけられなかったけど、まだ彼女はそんなに遠くに行っていない気がしたから。

 僕には、彼女がどこに行ったか検討がつかなかった。

 突然のことに頭が混乱してるところもあるけど、すぐに思い浮かばなかったことは情けなかった。

 僕は、好きな人の困っている時に助けられないことを意味しているような気がしたから。

 それでも、僕は歩みを止めることはできない。

 僕が、彼女を探し出さなければいけない。これは僕が巻き起こしたことだから。

 あたりをしばらく探してみたけど、彼女の姿は見当たらなかった。

 もし彼女がいたなら、遠くからでも気づける自信があった。

 彼女は他の人にはないオーラを放っているから。

 もしかして彼女の背中に羽根が生えていて、それを使い飛んでいったのだろうか。

 そんな考えが浮かんだけど、僕はすぐにそれを否定した。

 いくら彼女でも、それはあまりにも非現実的だから。

 息を切らしながら再び前見上げると、小学生が集団で楽しそうに下校していた。

 人の楽しそうな顔を見ると、彼女のそんな顔が頭に浮かんだ。

 彼女の笑顔を見たい。

 でも、僕が彼女の笑顔を奪った。

 その変えることができない事実が何度も心を痛めつけてくる。

 一方で、もうそんな時間なのかとも思った。彼女が家に来て、ずいぶん時間が経ったとその時に気づいた。

 僕は、時間を使うのが下手だと思った。こんなにも時間があったのに、彼女が前に涙を流した理由を全く聞き出せていないのだから。

 かなりの時間を無駄にしたようだ。

 そのまま家から一番近い駅に向かった。

 彼女が、電車に乗って僕の知らないどこか遠くの地に行ってもう二度と会えない気がしたから。

 そんな大したことじゃないかもしれない。

 先程のことをただのケンカのともとれる。確かに二人は離れ離れになった。でも、きっと今後一生会えないわけではないだろう。

 でも、僕はどんな時でも彼女を大切にしたいと思っている。

 たとえ他人が些細なことと感じても、僕にとっては今回のことは大事おおごとなのだ。

 『探す』という選択肢しか僕には浮かばなかった。

 そもそも僕と彼女のことに、他人は関係ない。

 さらに、心はどうだろうかとも考えた。

 もし彼女を見つけられたとしても、一度離れてしまった心は以前と同じように通わせることができるだろうか。

 それは、簡単なことではないかもしれない。

 正直どうすればいいかは、今の僕にはわからなかたった。

 どんな行動をすれば、彼女がまた心を開いてくれるだろうか。笑ってくれるだろうか。

 でも先のことを考えず、体は自然と動いていた。その時になれば、何か言葉が浮かぶと思った。

 僕は、彼女にただ会いたい。

 そんなことを考えながら、駅へと急いでいった。

 最寄駅は、都会の大きくて入り混じった駅とは違い、小さいもので人も多くはいない。

 僕は着くとすぐに階段を駆け上がっていき、交通系ICカードを押し当てて改札を抜けた。

 乗り場は、一番と二番としかない。どちらに行くべきか迷わず僕一番乗り場に行った。

 電光掲示板は見なかった。

 迷ってる時間すら惜しいから。もし行った先に彼女がいなければ、もう一方に行けばいいだけだ。

 ホームに着くと、駅から見える全ての建物を見るかのように、僕はあたりを見渡した。

 一番乗り場には、彼女の姿は見当たらなかった。

 駅員さんの規則正しいアナウンスが、ずっと耳に響いてくる。

 それは、僕を少し不安にさせた。こんなにも僕は心が乱れているのに、日常と変わらなくすすんでいる。

 もう電車に乗ってしまった可能性も0ではないけど、僕はすぐにニ番乗り場に行った。

 可能性なんて考え出したら、いくらでも出てくる。そんなことに悩まされるより僕は、ひたすら足を動かし彼女を見つけたかった。

 しかし、二番乗り場にも、彼女はいなかった。

 正直かなり焦りだしていた。

 僕は、あの時手をとり家から出て行くのを止めなかったことを後悔した。

 もしもなんて考えても、どうにもならないのはわかっているのに考えずにはいられなかった。

 過去に戻りたいと切実に思った。

 そしたら、僕は彼女を止めることができる。

 きっとできるはずだ。

 彼女がそばにいるのが当たり前だった。でも本当は、当たり前なことなんてなかった。

 彼女が、色々と気を遣い頑張ってくれていたから、僕たちの関係性は成り立っていた。

 こんなことになって初めて、彼女の存在の大きさを知るなんてやはり僕は遅すぎる。

 このまま見つからなかったらどうしようかと思いを、必死で振り払った。

 絶望するにはまだ早すぎるから。

 僕は歩きながら、今日の自分の行動を思い返すことにした。

 もちろん僕なりに考えて、言葉にし行動を起こした。

 でも、知りたい気持ちが強いあまり一気に聞きすぎていなかっただろうか。

 突然たくさんのことを質問されると、きっとどんな人でもびっくりするだろう。

 僕は彼女を困惑させてしまったのだろうか?

 または、彼女の心に勝手に深く入り込みすぎただろうか?

 彼女はそもそも心の中の深い部分に触れることを許可していなかったかもしれない。

 僕は本当に彼女のことを一番に考えられていただろうか。

 考えは、とめどなく頭の中を巡り続ける。

 でも、今ここに彼女がいないから、僕にはいくら考えても彼女が家を出て行った理由がはっきりとはわからなかった。

それでも、彼女が本当は追いかけてきてほしいということだけはわかった。

 本当に追いかけてきてほしくない人は、何も言わずいなくなるから。

 その時ふと彼女が前に言っていた言葉が、思い出された。

「もし、私がある日突然いなくなったら、悠希は私を探しにきてくれる?」と彼女が前に聞いてきたことがあった。

 その時、僕はその言葉の意図はわからなかったけど、「もちろん。すぐに見つけ出すよ」と力強く言った。

 確かに、そう言った。

 今思えば、どうして彼女は前にそのようなことを言ったのだろう。

 その時に既に消えてしまいたいほど辛いことが彼女の身に起きていたのだろうか。

 僕は、あの時軽はずみに返事をした。

 彼女の悲しみを想像することができなかった。

 「助けて」というサインを見逃した。

 そして、実際に今彼女がいなくなった。

 『言葉』には、責任があると僕は思っている。

 僕があの日どんな気持ちで答えたとしても言葉を口にしたからには、責任をとらなければいけない。

 早く彼女を見つけなければいけない。

 僕は、また足を進めたのだった。

 

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