第24話 祝宴と操
私達は、晴れて夫婦となれた。
幾度も恋を寄せ合って、難しい想いを乗り越えた記憶が巡る。
今、気持ちは一つに結ばれたのだろう。
籍を入れる重みを感じた。
今夜は、座敷に義理の両親も泊まって行かれる。
「さあさ、お召し上がりくださいな。あたしは漬物位で、すまないさね」
母はいつの間にかお寿司を頼んでいた。
箸袋からして、
あそこの一等いい六人前だ。
「これはまた、ご馳走で。倅と同様、雲丹に目がないのですよ」
「お父さん、恥ずかしいからよしてくださいな」
「お母さんだって、漬け鮪と恋に落ちてもいい位でしょうよ」
「あら、いやですわ」
義理の両親が仲良くしているのは嬉しい。
その様子に母が微笑んだ。
「あたしは、櫻絵と同じくいくらの軍艦巻が好きでしてさ」
「お母さんったら、私まで食いしん坊みたいで恥ずかしいわ」
母が割り箸を割る。
いくらが、母と私のお皿に取り分けられた。
「七五三のときに親戚の集まりで、お寿司をちょうだいしたのね。箸使いを隣にいた父と母から学んだわ」
「それは、大切なことですね」
「でも、見ただけでは、中々正しく使えなかったの。お義母さん」
「上手にできていますよ」
義母は破顔一笑した。
直ぐにも打ち解けて、歓談する。
この場が私を和ませてくれた。
お義父さんが、スーツのジャケットを脱いだ頃からだ。
お疲れだからとの理由の他に、お義父さんのアルコールもあるのだろう。
「いやあ、寧がさ、倅がね」
義父は、くっとグラスの縁から底まで純米吟醸酒を消滅させた。
生前、父が愛用していた江戸切子のグラスを母はお出ししたが、まさかの吞みっぷりだ。
「寧がさ、妻となる人をね」
もうお猪口は止めて、ワイングラスでもよさそうだ。
「娶るなんてさ」
なみなみと注がれたお酒がまたふっと消える。
「櫻絵さん。本当に頼む。死んでもずっと仲良くしていて欲しい」
お義父さんに、へっと頭を下げられた。
畳に擦り付けられて、私は困惑する。
慣れないアルコールを私もいただいていたせいだろうか。
「寧くんとなら、どちらが先に亡くなられたとしても添い遂げますよ……」
私は、寧くんの膝の上で、彼の手を求めた。
そっと上に被せる。
すると、彼の掌が、もう一つ上に合わせられた。
「……頼む」
お義父さんは、真顔になってゆっくりと言の葉を吐いた。
手を絡め合った後だ。
皆、指先一つ動かさなかった。
数を数えられない程に。
だが、玄関前の柱時計だけは、十二時五十分の先を思い出したようだ。
低い音が一つ聞こえる。
「あれあれ、新婚のお二人さんも」
「あらあら、お父さんも。お酒はこれだけよ」
母と義母が遮光器土偶が動いたかのように見えた。
象徴するものが女性や妊婦だからか。
同時に、美術史かと私は自分に突っ込みを入れていた。
彼の膝にいた手を取り、柔らかく包む。
「寧くん。私、覚悟しているから」
「分かっているよ。これからずっと傍にいて欲しいし、僕も寄り添うと誓うから」
私を愛する訳を尋ねようとする口をつぐんだ。
愚問だから。
「私、寧くんの優しさを愛していた気がするわ。けれども、今は理由などないと分かったの」
「僕は、最初からそうだったよ」
短かった恋の想い出を振り返る。
「不思議な縁ね」
「初恋の人と結婚したいとも思っていた。大切な願いが叶って、嬉しくて眠れそうにもないよ」
お義父さんが、真っ先に眠くなってしまったようだ。
私は、寧くんに手伝って貰い、皆にお風呂をご馳走した。
「やーだー。ケーキ入刀みたいね。初めての共同作業かしら」
「一生懸命生きていれば、涙する場面でも噛み締めて行けると思うよ」
彼の存在が近い。
「うん……」
「寄り掛かると火傷するからな」
「え? 僕にヤケドするなとか、結構気障だったのね」
私は、空のでこぺしをされてしまった。
――私達も湯を上がった後、私の部屋で延々と話をしていた。
「おやすみのキスは、いつできるのかい? 姫様」
「キ、キシュでございますか?」
私の声は上ずってしまった。
「いつでも。いつでも、いいですよ」
顔が近い。
ぐっと目を瞑る。
私は、心のどこかで、早く終わらないかと思っていた。
「お姫様、今日のおやすみのご挨拶は、手の甲にいたします」
「う……。ごめんなさい」
「いいから、いいから。焦っていないから」
頭をぽんぽんされた。
「今の私には、これが限界なのかも知れない」
「僕は、毛布でいいから。櫻絵さんはお布団に寝ていてね。さあ、どっちが早起きできるか競争だよ」
程よいアルコールで、よく眠れたようだ。
どの辺りから、夢か分からない。
夢の中で、どこか父を待っていた。
――翌朝、数分だけ私が早く起きられたと思った。
けれども、寧くんのことだ。
狸寝入りの一つはしたのかも知れない。
「お、おはよう」
「櫻絵さん、初めての朝だね」
「深い意味ではないわよね。やーだー」
私は直ぐ紅潮するようになっていた。
実は照れ屋だったのか。
「カーテンを開けて、陽を入れようよ」
夫となっての初仕事がカーテンとは、楽しい方だ。
朝日が、私達を祝福してくれている。
どうしてだろう。
私の頬を濡らすものがあった。
「櫻絵や。朝ごはんの支度に手を貸しておくれ」
土間の方から声があった。
母は、漬物ばかりを選んでいたから、私も微笑ましく思いながら、支度をした。
それから、昼には寧くんのご両親は帰り支度を終えた。
玄関の傍らで、しば桜がゆるい風になびいている。
『よかったね、櫻絵さん』
『よかったね。櫻絵さん』
「ありがとうね」
白と薄桃にご挨拶をした。
そして、皆、お義父さんの車の前に集う。
「どうか、これからも寧をよろしくお願いいたします」
「私からも、ご迷惑をお掛けしないようによく言い聞かせましたから」
橘のご両親は、真面目だとよくよく分かった。
「あたしも寂しくなくしてくれる。優しい息子さんをお預かりして申し訳ない」
義父と義母は、何度も頭を下げて、車で帰って行った。
「がんばって行こうね」
「私からもお願いね」
私達は、また強く手を結んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます