第15話 地の覚醒
白いベッドに朝日がちらちらと注ぐ。
ポーラスターにいると気が付き、伸びをした。
「うん……。昨日は彼の会社まで押し掛けちゃったわね」
夕べは、興奮気味で寝付けなかった。
私を起こしてくれた出窓を眺める。
日差しが揺れているのは、しば桜があるからだろう。
「この株は、お父さんとお母さんから、一人暮らしは寂しいだろうと、新幹線のホームで渡されたものなのよ」
土の表面が乾き気味だから、少々多めに水遣りをした。
緑が潤っていい感じだ。
鉢の土作りは、通気性がよく肥沃な培養土が合う。
父の話では、赤玉土と腐葉土と堆肥を六対二対二に加え、元肥がいいようだ。
本来、しば桜は地植えで楽しむと色とりどりの波ができて美しい。
しかし、今の私には、小ぶりの彼女らが丁度いいだろう。
「うん、お陰で寂しくない。四月には、花を堪能できるわね」
群青の水には、しば桜と私の気持ちを綴るつもりだ。
「ねえ、私の話を聞いてくれるかしら?」
白と薄桃とは、長話になると思い、飲み物を用意する。
迷ったけれども、灰を集めた色の益子焼で、緑茶をいただくことにした。
「仔犬の澄んだ瞳にやられたのよね。勿論、寧くんよ」
白と薄桃が囁いてくれた。
時折、励まされている。
『櫻絵ちゃん、〝忍耐〟で私から応援するよ』
『私からは、〝誠実な愛〟よ。きっと心から結ばれる人がいると思うの』
「うふふ。ありがとうね。寧くんもずっと忍耐して来て、誠実な愛を育ててくれているのよ」
暫くして、気持ちの奥底に眠っていた涙を見出した。
「だから、優しいのよ。私もそろそろ決めないと」
しば桜がざわつく。
「何をって、迷子だった恋の行方よ」
『櫻絵ちゃん』
『櫻絵ちゃんが実を結ぶのなら、応援するよ』
――日曜日となる。
三時と約束してその時間に来る寧くんではないだろう。
早めにちらちらと窓から覗いていた。
花が歩いている。
下の花屋さんとは違う所で大きな花束を用意したのだろうか。
「寧くん」
「こんにちは。お洒落しても可愛いね」
「やーだー。今日は、ピンクのワンピースで春を先取り気分ですよ」
「ふふ、似合うのが一番だよ」
照れたら、はぐらかそう。
「ええっと。展示場、直ぐに分かったかしら」
「そうだね。一階が花屋さんで、階段を上がった所にあるのかな」
「そうよ。外階段から上がりましょう」
私が先で、寧くんには後から来て貰った。
木目調の戸に飾った『五人展*五つの花びら』をノックする。
ポスターが扉と共に内側に引かれた。
「こんにちは。お客人を呼んでみたりして。橘寧さんです」
私は照れ隠しをしながら、入室する。
「こんにちはー」
四人の声が揃う。
私は、お友達を紹介した。
「西田さんと岩下さん、山木さんに増岡さんよ」
「よろしくお願いいたします。あの、生原さんも誘ってくださってありがとうございます」
近くにいた増岡さんに、寧くんが頭を垂れて花束を渡した。
「お気遣いいただいてすみません」
「増岡さん、大丈夫よ」
「生原さんとは、上野美大から親しくさせていただいております」
四人には土曜日の飲みでちょこっとだけ彼氏の話をしてあった。
あのミンナに比べたら、根掘り葉掘り聞いたりしないし、優しいお祝いの言葉をいただいたりした。
「ゆっくりして行ってください」
西田さんが、微笑みながら挨拶をする。
「これからも、よろしくお願いいたします」
「ふふ。私からもお願いね」
四人の作品をゆっくりと鑑賞して回った。
アロエが萌える大きな絵、仔犬の昼寝、サルバドール・ダリを匂わせる時計、ワシリー・カンディンスキーを彷彿とさせる明るい配色と踊る形状が新鮮だった。
「皆、がんばっているわね」
「櫻絵さんのは、まだ見てないよ」
「この窓際のよ。予定のと違うのを出展したの」
「あ……!」
寧くんが声を消した。
「白いカーテンと溶け込むようにレースを纏った女性が、こんなにも愛おしそうにお腹を――」
「これはね、『母』と題したわ。詳しくは、リーフレット『群青の水』に綴ってあるから」
声を殺したまま、私の想いをリーフレットから読み取って行く。
「女系で代々、苦労をされて来たのですね」
「うん。フクお祖母さん、母と私ね」
「しば桜が、私達を見守ってくれたとか。今の僕には分からないことだけれども、寄り添って行けたらいいと思うよ」
小さな展示場に二時間もおり、寧くんは、置いてあったノートに、全ての作品へのご感想を書いて行ってくれた。
「僕には絵のことが分からなくて申し訳ないけれども、本当にいい作品ばかり鑑賞させていただけて、ありがとうございます」
「あれ? 寧くんは、
肘で突かれてしまう。
内緒にして欲しいとのことか。
「ありがとうございました。花束までいただきまして。生原さんをよろしくお願いいたします」
四人ともお見送りに来てくれた。
「僕には学ぶ所の多い五人展でした。こちらこそありがとうございます」
「やややや。そんな、あれよあれ。私は明日も来ますね」
「またねー」
四人の笑顔が焼き付いた。
よかった。
参加してみて、じんわりとありがたみが分かる。
「疲れてないかな、櫻絵さん」
「うん、大丈夫よ。駅前に喫茶店があるけれども、そこの公園の方がいいかな」
「寒いといけないから、お店の中がいいかも知れないね」
喫茶ランランの戸を潜る。
モビールのシャランとした音で出迎えられた。
勧められた席に着くと、寧くんはコーヒーフロートを頼んだ。
「寒くないのかしら」
「僕は暑いよ」
「私は、レモンティーをホットで」
五人展の話ばかりをしていた。
「やはり、櫻絵さんのが白眉だと思うよ」
「それは身贔屓だわ」
寧くんは、群青の水については触れない。
それが優しさなのだろう。
「そろそろ、東京駅に行こうか」
「そうね」
七時からレストランだからと、腰を上げた。
私が払おうとしても寧くんに奢られてしまう。
「ごちそうさまでした」
「遠慮しないで」
東京駅に着く。
「構内から『レストランあさだ』のある
白いエレベーターに並んで乗った。
「三十六階が最上階よ。私達が行くのがまさにそこなの」
「櫻絵さん、楽しそうだね」
「ええ」
レストラン街のある三十階までは止まらない。
ワンピースの足元がすうっとするのが、変な感じだ。
幸せに向かっている所だった。
これから、大切な話をしなければ。
「櫻絵さん!」
「ねい……?」
――突然、立っていられなくなった。
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