後愁記

ななないなない

桧山嘉衛門三男の乱心

松嵜藩江戸詰め、富士野忠義ふじのただよし殿より聞いた話。

元禄2年1月3日、松嵜藩右筆130石、桧山嘉衛門ひやまかえもんとかいう者の家でのこと。


 


嘉衛門、役宅に親類縁者集って年賀を申し述べる折り、三人の倅を呼び寄せてそれぞれに竹矢二本を与え「お前たちはこれをどうしようと思うか。」と訊ねた。


長男は「古い言い伝えには聞いたことがあるが、一本矢が足らないようだ。」と

笑いながら二本を束ねてへし折った。


次男は「日本を折るなど。正月から父上がそのような不吉なことは申すまいに。」と

二本そのまま両手で捧げ、父の前へと戻し納めた。


三男「兄上たちは馬鹿者だ。三人に二本、こうするべきものを。」

逆手に取って立ち上がり、それぞれ長男次男の首筋に打ち立てた。


その場に居合わせた者は皆あまりの出来事に仰天して

「これは気でも狂ったか」と取り押さえようとしたが、三男抜刀して振り回し

おいそれと近づくこともできない有様。


どうしようもないので皆座敷から庭へと降り、その様子を伺っていると

「俺の鼻は真を嗅ぎ分けられぬ。そんなものは削いでしまえと仰せである。」

と三男叫んで自ら鼻を削ぎ落とした。また

「俺の耳は真を聞き分けられぬ。そんなものは削いでしまえと仰せである。」

「俺の舌は真を語れぬ。そんなものは削いでしまえと仰せである。」

と獣の様な叫びを上げながら血深泥になって次々と切り離す。


さらにはまた、何事か吼えた挙句に自分の目を突こうとするので、騒ぎの内に忍び寄った下人二人が屏風を突き被せ、やっとのことで取り押さえた。


早速医者を呼びにやったが、果たして三男はそのまま息絶えてしまった。


当の嘉衛門はその騒ぎの最中、一人門の外へと出て行ったと言う者があったが

結局、今に至るまで行方は知れずじまいだということだ。

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