レコードによると Another Side
朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
0.プロローグ
例えば、1日中空想に浸ってても文句を言われないとしよう。
きっと私は自分の部屋に籠って、本も読まずに、古いラジオカセットから流れてくるヒットソングだけを聴いて空想の世界に入り込むと思う。
ボーっとしてるとか、呼びかけに反応が遅れるとか…そんなことは日常茶飯事だった。
何時も頭の中で作り出した"空間"に入って、そこで暮らしてたから。
だが、その空想が現実に変わった途端。
私にとってその世界はもう用済みになる。
また、現実になった空想から、更に別の世界を作り出すのだ。
「……ここは?」
私は徐々に明るくなってきた視界に少し戸惑いながら呟いた。
体に感覚が戻ってきて…体はどこか、ソファか椅子に座っていることに気づく。
視界が少しボヤけていて…目元を擦っても治らない…眼鏡を掛けていないせいだ…
耳に入ってくるのは、何か…エンジン音のような音と…周期的に振動と共に鳴るくぐもった金属音。
完全に視界を取り戻した私は、首を振って…前を見る。
テーブルを挟んで…向かい側に座っているのは1人の高校生かそれくらいの年頃の少女。
少し周囲を見回せば…どこか高い橋の上を行く列車の中に居ることが分かった。
シックな装いの車内に…薄っすらと雲が覆いつくす空間を行く列車。
ここはどこかの寝台特急だろうか?窓の反対側を見ると金色のノブが付いた黒い扉が見えた。
私が周囲を見回すまで、目の前にいる少女はじっと私を見つめていた。
私は、何度か周囲に首を振ってあたりの光景を頭の中にインプットすると、ようやく目の前の少女に目を向ける。
黒いキャスケットの下の髪は真っ白で…くっきりとパッチリと開いた瞳は真っ赤で…少し淀んでいた。
胸元にVANのロゴが入った真っ赤なサマーコートが目立つが…そうそう奇抜な格好はしていない。
彼女の腰かけた席の横には、ノスタルジックな装いの長方形のトランクケースが置かれていた。
私が目を開けてから…最初の呟き以降はずっと静寂。
私は自分から話しかけるような性格ではないが…現実離れした空間に耐えきれず口を開いた。
「あの…」
私は私の方をじっと見つめていた彼女に話しかける。
「ここは…何処なんでしょうか?」
そういうと、彼女はぴくっと反応して、瞳に生気を取り戻した。
目の前にいた私をもう一度見て、少しだけ目を見開くと、すぐにキャスケットを取る。
「…ごめんなさい。少し考え事してたの…それで…ここは何処って?悪いけれど、その質問に答えるのは後でも良い?」
消え入りそうで…それでもハッキリと耳に残る声色でそう言った彼女は、そういうと立ち上がって私を手招いた。
「ちょっと…デッキに出よう貴女が急に目の前に現れるものだから…ちょっと驚いた。でも平気。ここではきっと普通のことだから」
「そう…なんですか?」
「そう。どうせ、貴女はここに来る前のことなんて覚えていないでしょう?でも…貴女の傍に落ちている緑色の本…貴女が何者かを伝えてくる。大丈夫だよ。僕は君のことをたった今信頼したから」
彼女はそう言って私の方にやってくると、私の傍に落ちていた緑色のハードカバーの本を拾い上げて…それから私の手を取った。
戸惑いながらも、彼女に抵抗することはせず、立ち上がってからは彼女の後をついていく。
「その本も…私の?」
黒い扉を開けて、狭い廊下に出た私は前を行く少女にそう言った。
「そうだよ。僕が持っているのは違う色…白い本」
彼女は私の方に振り返らずにそういうと、足早に廊下を進んでいった。
ヨーロッパの車窓の旅に出てきそうな、趣のある廊下を進んでいく。
木製の床に、2人分の歩く音が響く。
人の気配は、前を行く少女を除けば誰も居ないのだろうかというくらいに、しない。
大きな車窓に目を向けると、列車は相変わらず雲の上を走っているようだ。
雲の上…というよりは、深い霧の中といった方がいいか。
前を行く少女は、幾つかの扉を開けて真っ直ぐ進んでいく。
私が居たのは何両目か分からないが…結構長い列車のようだ。
3つ…5つ…7つ…9つの扉を抜けた。
彼女が最後の扉を開けると、車内の木の香りは一瞬で外の澄んだ空気に取り換えられる。
列車の最後方…彼女は先端の柵に寄り掛かって、ポケットから青い箱を取り出した。
「着いた…相変わらず、晴れない場所だ…でも、あと少しすれば晴れる」
彼女は呆然と彼女の前に立った私にそういうと、青い箱から一本の煙草を取り出す。
煙草を咥え、ポケットに箱を仕舞って…入れ違いに出したジッポーライターで火を付けると、一口吸い込んで…煙を吐き出した。
「吸う?」
「いえ…その、まだ未成年なので…」
「僕だって"設定上は"未成年だよ。ま、吸わない方が良い…」
彼女は小さく口元を笑わせると、そう言って煙草を咥えなおす。
「さて…心の準備は出来たか分からないけれど…一つ一つ紐解いていこう…その前に…」
彼女は煙草を煙らせながら言うと…彼女は背後に指を向けた。
「ここが何処かって?ここは……パラレルキーパーの住処に繋がる鉄道……そろそろ終点…霧も晴れてくるよ」
彼女はそう言って、煙草を煙らせる。
口元に咥えられた煙草の先端が小さく、真っ赤に燃えた。
その刹那。
真っ白に、幻想的ともいえた霧が吹き飛ばされるように晴れていく。
その明るさから、きっと太陽が輝く青空が見えるのだろうと思った私は、現れた光景に思わず声を上げる。
見えたのは、満天の星空。
ここは…私が立っているのは透明なチューブの中を走る列車。
徐々に減速していき…ブレーキが軋む音が聞こえてきた。
列車の最後方のデッキから、宇宙空間の中に作られたチューブを行く光景が流れて行って…急に真っ白い建物の中に入った。
「ついた…さぁ、降りよう。僕も"役が解けてから"入るのは久しぶりだ……」
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