3-2 逆風欠帆
「これで少しは私も戦えるってわかったでしょ」
「いえ。女神の貴女にお聞きしましょう。今の魔獣の強さはどれくらいなのでしょうか」
トールの感情の無い視線がデンファレを射抜く。少し得意になっていただけに、その問いに答えたくはなかったが、彼の目を一瞬で見てしまった彼女は嘘を言うという手段も思いつかず、正直に話してしまった。
「人間一人でも勝てまーす。それに魔法なしでも勝てまーす」
そっぽを向いて、棒読みでそう言った。トールは溜息を吐いて、彼女のその態度に呆れた。本当にこれで女神なのかと思えるほどだ。
「ま、多少は戦えることがわかりましたが、それでも魔獣との戦闘は避けますよ。また、貴女がどんなドジをするかわかったものではありませんからね」
デンファレは思い当たる節しかないので、しゅんとしながら黙ってうなずいた。
再び、魔獣との戦闘を回避しながら、草原を歩く。何度も魔獣を見てきたが、草原にはあまり強い魔獣は出てきていないようだった。
「なるほど。魔気の密度で、魔法の影響を他の物にも与えることができる、と」
トールは魔獣を警戒している様子はすでになく、手の中で火を魔法で出して、この世界の魔法を体験していた。
「発現、過程、結果。持続する魔法を使うのは難しいですね」
魔気はこの世界に溢れている魔法の源である。そして、女神は魔法を詠唱していたが、魔法を発動させるのに詠唱は必要ない。発現、過程、結果。この三点をイメージすればその通りに魔法が現れる。この時、イメージが明確であればあるほどより強い魔法が使用できる。そして、威力の弱い魔法は物理現象を引き起こさず、強い魔法は物理現象を引き起こすのだ。
先ほどの女神の魔法は威力の小さい魔法だ。そのため、ブラウンレトリバーには傷がついていなかったというわけである。ちなみに魔法を食らうと体内に溜められた魔気が消費される。魔気が完全に消費されると生物は絶命するのだ。
そして、トールはこの世界の魔法の仕組みを何度か魔法を使用するだけで理解した。全てではないものの、既に魔法の実力はデンファレより上だろう。
「すぐに魔法使えるようになるなんて、凄いのね」
ぽつりと、言葉が漏れた。デンファレは言ってから、その口を押えたが、既に言葉は出た後だ。
トールは彼女のその様子に少し面食らっていた。まさか、彼女が自分をほめるとは思わなかったのだ。嫌いな相手でも褒められて悪い気はしない。ただ、トールはそれで心を許すほど、単純な人間ではなかった。
彼は彼女の言葉に返事はせず、まるで聞こえていなかったかのようにしている。
そうして、話している内に草原から森が見え始めた。そして、その森にはそこに並ぶ木々と同じくらいの大きさの何かがいるのが見えた。同じような形のものも全く違う形のものそこにいる。
トールはその魔獣の動きから、デンファレが相手にできる魔獣でないことがわかる。幸い、森の外側の草原には出てこないようだ。ちょうど暗がりになったところが、彼らのテリトリーなのかもしれない。
そして、デンファレもその魔獣を見て、魔法があれば勝てると言えるほど楽観的に慣れない相手であることを理解していた。女神であるため、そこにいる魔獣がかなりの危険度を持ったものであることは知っているのだ。
彼女はトールのローブを摘まんだ。彼は彼女の方に顔を向ける。彼女の顔を見るまで、森の中に行くと言われるのかもしれないと思っていたが、彼女と視線が合うとそう言おうとしていないことがすぐに理解できた。
「獣人の国に行きましょ。多分、迂回してもあの魔獣たちはいる気がする」
「わかった。私もそうするべきだと思います」
二人は目的地を変え、森から離れていく。再び、魔獣との戦闘を避けながら草原を抜けることにした。しかし、エルフの国がある森の方まで来てしまったので、獣人の国に行くとなると、人間の国に戻ってから獣人の国に行かないといけない。エルフの国の近くから獣人の国に行く場合、この危険な森に沿うように移動しなければならない。デンファレは今いる場所から直接、獣人の国に行く場合、途中からこの森を通らないといけないというのは知っていた。トールはそれを知らないが、考えれば簡単に予想できることだった。
「デンファレ、一度、人間の国の方に戻りましょう」
彼の言葉にデンファレは素直に頷いて、従った。
これで何度目なのか、この草原を魔獣に見つからないように移動していた。トールが細心の注意を払っているというのに、デンファレは何度か転んだり、何かに気を取られたりして、結局は魔獣との戦闘になるということが何度かあった。その度に、立ち止まり、デンファレのみを戦わせていた。すぐに彼女を守れるようにはしていたが、それでもギリギリまで手を出さないようにしている。そして、デンファレは草原にいる魔獣程度なら、魔法で倒せることが分かった。ただ、倒す度に、どや顔をしてくるのがうざったい。
「見えてきたわね」
遠くからではあるが、人間の国の壁が見え始めた。
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