1-2 女神に残されたもの
「く、苦しい。貴方、この私に何をしたの……?」
「神を傷つけた。それだけだ」
「そんなこと、できるわけが」
「目の前、と言うか自分の腹、斬られているのに受け入れられないのか」
女神はその場にソファの上にうずくまる。人間にしてみれば息が出来ないかのような苦しさが続いている。
人間の武器では神に傷つけることはできない。彼女はそう思っている。地上に降りたことはないが、神を傷つける武器と言うのは、天から見ていても作られていなかった。それが目の前にあり、自分がそれを食らうとは思ってもみなかったのだ。
そして、このままだと消滅してしまう。直感的にそれがわかった。そして、まだ消滅したくないと考えると、恐怖が起こる。
「貴方、何が目的なの。なんでもするわ。なんでもよ。私は神なんだからなんだってできるわ。ねぇ、答えて?」
焦るあまり、彼女はヴィクターの返事を待たずに、言葉を並べ立てる。彼は既に女神を見ていない。彼は神ではないが、前の世界でそれと似たような存在になってしまった。だから、彼はそこからでも地上の様子が見えるのだ。
彼女の管理する世界は思った以上に小さかった。街と呼べるような大きさの国が三つ。人間の国はすぐに分かったが、それ以外の国の住民は、尖った耳に白い肌をしている人間が住んでいる、彼の知っているもので例えればエルフのような見た目の人が住んでいる国と、動物と人間が融合しているような、彼の知識で言えば獣人が住んでいる国があった。それぞれ、食料もなく、国全体が暗い雰囲気を持っている。そして、その三国のほぼ中央に、黒い霧のようなものが覆っている場所があった。
「あれって」
「ええ、あれは」
「「邪神」」
「ですね」
そのもやの中心、黒いごつごつした大きな城があるのが微かに見えた。そして、その城の中に、ヴィクターがこの世界に来る前に戦い、逃げられた邪神の気配があったのだ。
「こんなところに逃げ込んでいたとは。しかし、あのクソ神がいないのに、何が出来るのでしょうね」
「油断は禁物だ。追いつめられたものほど、限界を超えてくるもんだからな」
「確かに。それは理解できます」
トールが持っている今の力、魔法や超能力はそういうピンチを経験して強くなったものだった。限界突破した力は、自分だけのものではないことを思い出した。
二人は邪神の存在に焦ることもなく、暢気に会話していた。その近くで、女神が消滅しかけているというのに。
「ちょっと、少しは、話を聞いてよ」
女神は苦悶の表情で体を少し起こして、ヴィクターに声をかける。彼が振り向いたのを見て、再びソファに背中をくっつける。正直、寝ているだけでも苦しいのだ。
「ああ、悪い悪い」
ヴィクターは女神の前へと移動する。苦しんでいる女神を前にしても、特に嬉しそうとはかわいそうとかそう言う感情は見えない。
「さて、女神様。さっきなんでもするって言ってたよな。じゃ、なんでもしてもらおうかな」
「くっ、何をしろっていうの」
ヴィクターは女神の腹部の切り傷に手を当てた。そのまま女神のお腹を撫でる。
「ひぅ。な、なんでもって。私は女神なのよ!」
「何言ってんだ。傷直しただけだろ。はは」
笑いを堪えられないと言った様子で、女神の赤くなった顔を前に笑う。自分の破廉恥な勘違いが恥ずかしかった。ヴィクターはその様子が面白くて、にやけ顔を抑えられない。
「さて、あんたにやってもらうことだが、あんたはこの世界を救ってもらおう」
「は? 嫌よ、そんなの。何のために、召喚の力を使ったと思っているの」
体をがばっと起こして、彼に抗議するも、彼はいきなり冷たく鋭い視線が女神の目を射抜く。態度は大きいが、女神は他人との関わったことがない。そのため、その視線に恐怖して、口を閉ざした。
「じゃあ、死ぬ?」
「……他の選択肢はないの?」
傷のなくなった腹部をさすって、苦しさのなくなった彼女は彼の目を見ないように顔を逸らして、仏頂面でヴィクターに不満をぶつけている。彼女の中に、再び傷つけられるかもしれないという可能性はない。全てが自分の思い通りに行くと、未だに思っているのだ。
だが、そんな甘えを彼は許さなかった。
「ない。と言うかさ、女神なんだから、簡単だろ。いくら弱くても神の力で、あんな邪神に負けるとは思えないんだが」
「……のよ」
女神の声が小さくて、その声を聞きとることが出来なかった。ヴィクターはそれに返事はしなかったが、女神の方に耳を向けて、その言葉を聞こうとした。
女神は視線をヴィクターに合わせて、同じ言葉を放った。
「信仰がもうないみたいなのよ」
信仰と言うのは、神の力の源のようなものだ。人間だけでなく、生物から進行対象がどれだけ力を信じられているかでその量が決まり、その量が神の格を決める。一年以上、災厄を放置してきた女神にその信仰が集まるわけもない。さらに、ヴィクターを召喚したことで残っていた信仰の力もほとんど残っていないことに気が付いた。
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