神殺し召喚

bittergrass

1 わがまま女神の召喚

1-1 わがまま女神

 そこは白を基調とした部屋だった。部屋の中央には天蓋があり、そこには赤い生地に金色の刺繍がしてある、高級そうな見た目だ。そして、その中央にふかふかのソファが置いてある。そのソファは見た目からふかふかそうだ。そして、そこに金髪と碧眼を持った、下品ではない程度に大きく、整った胸を持った女性がいた。彼女は退屈そうにソファに寝そべっている。彼女はその見た目で布一枚を纏ったような服装で、胸は半分以上見え、足は太もももほとんど見えているような状態だ。それでも、彼女が美しいせいか、娼婦のような下品さは感じない。


「はぁ、退屈ねぇ。世界は平和だし、管理する必要もない。まぁ、私の世界だし、当たり前かしらね」


 いつのまにか出てきた小ぶりな苺を摘まんで一口で食べる。その姿はセクシーだ。狙ってやっていることではないだろうが、そこに男性がいたら見つめてしまったかもしれない。


 そのまま彼女はいくつかのフルーツを出現させて暇そうに食べている。


 そんな彼女は女神であった。世界が滅びそうになった時に力を貸し与える存在。ただ、彼女の管理する世界では一度もそう言うことが起きていない。だから、彼女は何もしておらず、そのせいで彼女を信仰する生物たちの貢ぎ物だけが彼女の元に送られてきている状態だ。そんな状況が続いていたせいで、女神はわがままであった。そんな性格でも世界が平和なので何の問題もなかったのだ。これまでは。




 彼女が食べたり、寝たりして退屈を凌いでいる間に、地上が大変なことになっていた。その人間や亜人だけではどうしようもできない災厄に女神が気が付いたのは、人間たちが女神に助けを求め始めてから一年ほど経ってからだった。そして、それに気が付いた理由は献上品が一切来なくなったからだ。


「あら、大変ね。面倒くさいけど、力を貸しましょう」


 そうは言ったものの、彼女はソファから動こうとはしない。変化と言えば、寝そべっていたのを座りなおしただけだ。


 彼女の目の前にカードが現れる。そのカードは五枚ある。果物や穀物が描かれたカード、悪魔のような絵の上に罰印が描かれたカード、様々な生き物が消えていく絵のカード、彼女の絵が描かれたカード、彼女の前に剣と盾を持った人間が描かれたカード。彼女はその中の、剣と盾を持った人間が描かれたカードを手に取った。


 彼女のソファの前の床に光のリングが現れる。それは光を放ちながら、いつかのどこかと繋がった。


 そのリングを通って現れたのは黒いローブだった。それも綺麗なものではなく、まるで戦った後だとわかるようにボロボロだ。フードも被っていて、その顔は見えない。ローブの全身がその部屋に来ると、リングは閉じた。


 ローブは少し首を動かして、状況を把握しようとしていた。理解できたのか、できなかったのか、そのフードを取る。現れたのは長い黒髪だ。顔を覆うような長さで、前髪にできている切れ目から黒い瞳が光っているのが見えた。そして、ローブをよく見ればボロボロなだけではなく、少しではあるが血が付着しているのがわかるだろう。


「まさか、失敗かしら。こんなのが来るなんて思わなかったわ。これじゃだめね」


「失礼だな。いきなり呼んでおいて、だめ、とは」


「仕方ないでしょ。じゃ、帰ってちょうだい」


 彼女は男の話も聞かずに、光のリングをローブの頭の上に出現させた。そのリングの中に男を入れれば、それでどこかの世界に行かせることが出来るのだ。転移先がどこの世界かはわからないのが欠点だが、彼女にとっては関係のないことだった。


 だが、そのリングが下がり、男の体を通そうとしたその瞬間、リングが弾けて消えた。


「へぇ、あんた少なくとも神ってわけか。全然そんな力感じなかったからな、人間かと思ってたわ」


「な、貴方何者なの。いえ、なんでもいいわ。私の前から消えなさい」


 彼女は彼の足元に穴を開け、地上に落とそうとした。だが、穴は一切開けることが出来なかった。それどころか、自分の力が弾かれているような、押し戻されているような感触があった。


「あーあ。俺ってさ、神ってのが嫌いなんだよな。前の世界で俺を召喚した神様は良神とか言ってたけど、黒幕だったしな。それで、あんたはなんで俺を呼んだんだ?」


「……」


 女神は彼と話すことなど無いと言ったような態度だ。男はそれでも、怒っているようなようすはない。不機嫌であるのは確かだが。


「あっそ。そう言う態度か。……トール」


 彼がそう呟くと、彼の隣に黒い楕円が現れ、その中から藍色のローブを着た白髪で灰色の瞳を持った男性が現れた。ローブのような服だが、銀色の肩当が付いている。そして、ローブの右の襟の部分に金色の五つ葉のクローバーがあしらわれていた。


「トール、参上いたしました。ヴィクター様」


「あの短剣はあるか」


「ええ、ここに」


 トールが取り出した剣身が透明な短剣を男は受け取った。その剣先を女神へと向けた。


「なんのつもりよ。私は女神なの。そんな短剣で傷つけられると思っているの」


 女神は自分のことを棚に上げて相手の無礼な態度に苛立ちを露わにして怒っている。


 男はその言葉に反応はせず、その短剣を当たらないはずの距離で振るった。本来なら、武器では神に傷をつけることなどできない。だが、その振るった刃は女神の露出している腹部に深い切り傷をつけた。神に傷をつけても出血はしない。痛みもないはずだった。

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