第179話 会長vsアレク

 数千人以上いる観客。マッシリア王国のコロシアムを貸切っての大イベントだ。俺も緊張してしまう。


「何を固くなっているんですか、先輩?」


「そんなんじゃ会長の一撃を受けきれずに瞬殺されるぞ、アレク!」


 ナターシャとボリスが俺をからかうように笑っている。いいよな、お前たちは出場しないんだからさ。


「いや、緊張で手汗がやばい。こんなに緊張するのは生れて始めてだ」


「何言ってるんですか。魔王軍最高幹部全員と戦った経験がある数少ない人間が~別に今回のイベントは命を奪いあうみたいなものじゃないんだからそんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


「こんな大事になって、一撃で俺がやられたら返金騒動になるじゃん」


「大丈夫ですよ。そうしたら、会長の伝説が増えるだけです」


「ううう」


「それに先輩は魔王軍最高幹部の攻撃を何度も耐えてるじゃないですか。大丈夫ですよ、あなたは頑丈です。じゃあ、私たちは観客席で応援してますからくれぐれも怪我しないようにしてくださいね」


 ふたりは行ってしまった。


 今回は模擬戦だけど、使うのは真剣だ。カバーを使ったりして安全性を高めようと思ったんだけど、伝説級冒険者同士のバトルだと安全カバーが持たないらしくて断念した。


「それでは、みなさん。いよいよ世紀の一戦です。伝説vs伝説。こんなことが起きるのも世界初ですよ!」


 司会の人も雇って、本格的な感じになっている。


「まずはこちら。伝説級冒険者といえば、この人。史上最長のギルド協会会長であり、歴史上初めて魔王軍最高幹部の冥王を討伐した史上最速の男、英雄・ジジ会長だ!!」


「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおお」


「対するは、超新星!! 各種最年少記録を塗り替えまくる最高最強のルーキー。倒した魔王軍幹部は、5体。20代で協会最高幹部!? まさに、生ける伝説の体現者! 史上最強のオールラウンダーアレク官房長!」


「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおお」

 

「会長の戦闘スタイルは世界最速の速度から繰り出される圧倒的な攻撃。1対1ならまさに最強との呼び名が高い。やはり、事前オッズも今までの実績からやや有利とされています。対するは、アレク氏! 前衛では魔力剣でバンバン攻め、中衛では無詠唱魔法で局面を制圧する。さらに、後ろに下がっても数々の作戦を編み出して成功させる万能選手。すでに、実力は折り紙付き。オリジナル魔力まで編み出してしまう天才は、どこまで会長と戦えるのか!! みんな大注目です!」



 史上最高の決戦。

 後にそう呼ばれる決闘は、ついに幕を開く。


 俺はカウンター型、会長は攻撃型だ。俺は敵の攻撃に合わせて戦闘を作り出すのがスタイルだ。だから、攻撃の主導権は会長に渡す。


 一番最初の攻撃は会長からだった。


 雷魔力によって極限までスピードが上がっている会長は、瞬間移動したかのように俺の眼前に移動した。早すぎる。並の冒険者や魔族では、会長の姿を視認することもできない。


 なぜなら、会長の攻撃が早く強すぎるので、一撃ですべてを倒してしまうから。


 会長の瞬間移動のような攻撃は気がつかないうちに敵を葬り去る。


 だが……


 俺は対策を考えていた。


 会長が動き始めた瞬間、俺は魔力の動きに注目する。


 会長のスピードは、魔力の活用によってもたらされている。だから、常に魔力の流れに依存しているんだ。その魔力の流れに注目すれば、会長の攻撃を予測することができる。


 そして、いくつか予想したルートの中から、大量の魔力が滞留する場所が――


 会長の出現ポイントだ!!


 俺はエルを使って、会長のキックを防いだ。


「ほう!」


「よかったですよ。一撃で終わっていたら、観客さんたちが暴動を起こすかもしれませんからね」


「わしの攻撃を受け止めた人間は、何年ぶりかのぉ」


「たぶん、100年ぶりくらいじゃないですか?」


「それは楽しみだ。久しぶりに壊れないおもちゃを見つけたんだからの~」


 同じ伝説級冒険者をおもちゃ扱いかよ!!


「セリフがまるで魔王ですよ、会長!」

 俺はエルを振るい、会長を後方に下がらせる。


 ※


―ナターシャside―


「すごい」

 会場が騒然となっているわ。眼前のコロシアムで起きている戦いが異次元だったから。


 ほとんどの人たちは、会長が瞬間移動したように見えているはずだわ。一瞬で別の場所にいるんだから。


 あんな移動方法で攻撃されたら、誰も防御することもできずにやられてしまうはずよ。


 アレク先輩以外なら……


 観客たちも別次元の戦いに言葉を失っているわ。そもそも何をしているかもわからない世界の戦いだもん。会長が瞬間移動して、先輩がそれに対応していく。


「おい、あのふたりの戦闘は、早すぎて何が起きているかわからねぇぞ」

「そもそも、どうしてアレクさんは、会長の動きについていけてるんだよ。あれが天才か!?」

「ダメだ。俺たちみたいな一般人じゃ同じ次元にすら立てねぇよ。冒険者の人たち誰か解説してくれ!」


 無理よ。冒険者でもほとんどの人がこの戦いには対応できていないわ。

 たぶん、ボリスさんくらいしかどうなっているかわからないはず。


 世界トップクラスのS級でもなければ見ることすら叶わない世界。


「あれが、伝説級の実力なのね……」

 私も言葉を失った。

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