第162話 クロノス

 俺は、剣を取る。それがこの世界で俺が生き続けることの意思表示だから……


「そうか、それがキミの決断か。ならば、私はそれを尊重しよう。我が名はクロノス。時と空間を操る剣なり」

 そいつは、軽々と俺の手になじんだ。


「お前の目的はなんだ? クロノス?」


「簡単なことだ。時間と空間の外にいる存在を倒すんだよ。そいつがすべての問題の根源だからね」

「そいつの名前は?」


「キミも一度は、対峙したことがあるはずだよ。大悪魔・メフィスト。そいつが諸悪の根源だ」


「あいつは一体、何をしたんだ?」


「その説明は、とりあえずすべてが終わってからだ。どうやら、追手が来たようだぞ! アレク!!」


 クロノスとの会話が、そこで一度、途切れる。


 また、めまいがする。俺は、ダンジョンのフロアに戻された。


 俺はいつの間にか池の中心に立っていて、右手には剣が握られている。


「きゃきゃ、メフィスト様の言うとおりだ」

「まさか、ダンジョンの封印を解く奴がいるとはな」

「だが、心配はいらない。ここで消えてもらうからな」

 俺の背後には、3体のガス状の悪魔がいた。


 こいつは、厄介な敵だ。ガス状の悪魔は、実体がないから、剣や魔法は通用しない。

 聖魔法や光魔法で消滅させてしまうのが一番手っ取り早い。


 だが、俺は今、ナターシャと分断されているせいで、どちらも使うことができない。


「こいつが、メフィスト様の依代よりしろを倒したアレクってやつだな」

「じゃあ、こいつを殺せば……」

「ああ……」


 実体のない悪魔族は、どうやって生きているのかよくわかっていない。

 研究者によると、本当の体はこの世界ではない魔界のような場所にいて、人間の世界には思念体だけを送り込んでいるという説が強く支持されているらしい。


 なら、クロノスを使えばいい。

 こいつは、時間と空間を司る剣だよな。


 この剣なら、実体のない悪魔すら切り捨てることができるはずだ。


「頼むぜ、クロノス!」

 俺は剣を構える。


「おいおい、こいつ、剣で俺たちを倒すつもりだぞ」

「光魔法も使えない今のお前がどうやって戦うんだよ!!」

「もういい、殺しちゃおうぜ!」


 3体の悪魔が俺にとびかかってくる。


 俺は、一番前にいる悪魔にクロノスで切りかかった。


「えっ!?」


 切られた悪魔は、驚いていた。


「なんで、俺から血が出るんだよ? いやだ、死にたくない。死ぬはずがないじゃないか。だって、ガス体が切られただけなのに……いやだああああぁぁぁぁぁああああああ」

 悪魔の断末魔がフロアに響く。そいつは、何か吸い込まれるように消滅した。


「なぜだ、なぜ剣で俺たちを殺せるんだ……」

「軽い気持ちで来ただけだぞ。こんなことになるなんて……逃げるぞ」

 悪魔は、そう言って後ずさりをはじめるが……


「誰が逃がすかよ!!」


 俺が剣を振るうと、2つの断末魔がフロアにとどろいた。


 俺は油断していた悪魔たちを一蹴した。

 まさか、ここまで強いとはな。実体のない悪魔すら、簡単に消滅させてしまう。


 あいつらは自分が斬られたと言って驚いていた。ということは学者が考えている説はおそらく正しいんだな。


 実体はここになくどこか別の場所で影のようなものを操っている。それがガス状の悪魔ということか。


 そして、ひとつの真実がわかった。それは、この世界において、もっとも重要なことで、緊急性を要するものだ。すぐに、ナターシャや副会長に相談しなくてはいけない。


 俺は、パーティーと離ればなれになった場所に戻った。

 遮断壁は、まだ下りている。


 だが、クロノスならやってくれるよな。


 俺は、彼を振るう。特殊壁は、一瞬にして崩壊した。ここから脱出するために、こいつが用意されていたことがわかる。


 始祖たちは、クロノスを守るために、このダンジョンを作ったんだろうな。


「先輩!!」

 ナターシャは、俺の姿を見て駆け寄ってきた。

 彼女の体は、やはりとても柔らかかった。ナターシャのにおいは、俺を現実に引き戻してくれる。


「お待たせ、皆! たぶん、目標達成だ。俺は始祖たちの遺産を見つけた!」


 パーティーは歓喜に包まれる。俺たちは目的を達成した。


 ※


 そして、俺たちは帰路につく。やはり、前のフロアは、姿を変えていた。どこに罠があるのかも変わってしまっていた。


「こういうダンジョンはやっかいだね。本当にマッピングも意味がない」

 イーゴリさんは、念のためにとっておいた往路のマッピングを見ながら苦笑いする。


「このダンジョンは、ギルド協会が封鎖した方がよさそうだ。下手な冒険者が好奇心で入れば、簡単に犠牲者になる。マッピングに慣れた普通の冒険者では、この罠満載のダンジョンは、墓場に変わる」

 ボリスはため息をついた。


 ナターシャは、冷静に分析し、罠を見つけてくれた。さすがは、ナターシャの索敵魔法だな。正確で早い。


「先輩、次のフロアに、魔獣がたくさんいるようです」


「このダンジョンは、自動的に魔獣が生まれる仕組みでもあるのかよ」

 俺は苦笑いして、皆より一歩前に出た。


「あとは任せてくれ。この剣と俺の魔力の相性がどうなるか、試してみるからさ」

 率先して、魔獣たちが待ち構える部屋に突入した。


 クロノスに、火炎魔力を込めていく。


 すごいな。どんどん魔力が吸い込まれていく。いったいどこまで入るんだというくらいの魔力が剣に吸われていく。


 俺は、限界まで魔力を注ぎ込んで、剣を振るう。


 強力な火炎魔力が、クロノスを通して拡散されていく。

 本来は、1対1の時に使うことが多い魔力剣だが、クロノスを経由すると、フィールド全体への攻撃に豹変するのか。


 魔獣たちは、大きな断末魔をあげながら、倒れていく。

 剣を一振りすれば、前面だけではなく、あらぬ方向からも火炎を作り出す。


 剣の攻撃が、複数の敵を襲う。規格外のことをやってのけてくれるな、クロノス。


 空間を制御するこいつは、制御範囲であればどこからでも攻撃できるというわけか。


「まさに魔剣だな」

 

 クロノスと魔力を組み合わせれば、あらゆる戦場で応用できると思う。これは切り札だ。

 うまく使いこなすことができれば、魔王軍の最高幹部とも互角以上に戦えるかもしれない。


 もしかしたら、会長にすら届きうる。


 魔獣たちは全滅した。


「いったい、どうなってるんだよ、アレク!」

「あらぬ方向から火炎攻撃が発生していましたね。部屋全体のどこでも攻撃できるようでしたね」

「先輩、また強くなっちゃった」


 3人は、あきれながら俺を称賛してくれる。


「詳しく説明したいが、先を急ごう。ミハイル副会長と協議したいことがあるんだ」


 俺たちは、地上を目指す。


 ※


―ギルド協会本部―


 俺たちは、イブラルタルに戻るとすぐに副会長のもとに向かう。


 俺が副会長にクロノスと出会った経緯を伝えた。


「なるほど! では、あのダンジョンの地下には、このクロノスの剣が安置されていたと?」


「そうです。そして、クロノスは、時間と空間を制御する存在です。彼が、歴史の真実を知っている可能性も高い」


「クロノスの声を私たちも聞くことはできるかな?」


「交渉してみます」


 俺がクロノスに語り掛けようとした瞬間、クロノスは俺たちに話しかけてくる。


「(大丈夫だ。ちゃんと聞こえている。キミたちには、私の言葉を聞く権利がある。私の声も聞こえているね)」

 俺たちはうなずく。


「(よかった。私が存在している理由から語ろう。時間と空間の外にいる存在を倒すためだ。私は、大悪魔・メフィストを討ち滅ぼすために作られた存在だ。奴が、諸悪の根源だからな)」


「始祖たちは、メフィストと接触していた。さらに、メフィストは普通のやり方では倒すことができない。つまり、クーデター事件で自爆したくらいでは、奴は倒せないということだろう。クロノス?」

 俺はそのことに気づいたからこそ帰路を急いだ。


「(その通りだ。メフィストはまだ、どこかで生きている。そして、メフィストを倒さなくては、すべてを解決することはできない)」

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