第163話 始祖文明とメフィスト

「クロノス、教えてくれ。メフィストは、魔王軍の最高幹部だろう? 始祖文明の時代から、魔王軍は存在していたのか?」


「(魔王軍? いや、それは存在していなかった。メフィストは、それが成立するはるか昔から存在している)」


「じゃあ、始祖たちは、メフィストとどういう関係があるんだ?」


「(キミたちが、始祖と呼ぶ私の創造者は、はるか昔、巨大な魔力文明を作り出していた。その世界では、今以上に魔力が発展していたんだよ。人々は魔力で翼を作り出し、自由に空を飛んでいた。キミたちが光の魔術と呼ぶものだね。それが始祖たちにとっては基本的なものだった)」


「なっ!?」


 今では、世界でふたりしかできない光魔術が、普通だった?

 みんな驚愕している。


「(驚くのも無理はないな。始祖が作りだした魔術は、この時代では戦略的な意味合いをもつようだしな。だが、魔力文明は、限界に達したのだ。世界には、かならず限界がある。無限のように思えるものも、いつかは終わりを迎えるんだ。魔力文明にも、運命にはあらがうことができなかった)」


 クロノスは、沈んだ声で続ける。


「(彼らは、自分たちが成長の限界に達して、衰退する運命を受け入れることができなかったんだ。だから、彼らは、タブーに挑んだ。召喚した、いや作り出したと言った方がいいかな。魔力文明は、倫理的に禁忌とされていた生命の創生に挑んでしまった。それが大悪魔・メフィストの誕生につながった」


 なら、俺たちが見た天界文書の記述は、大悪魔・メフィストを作り出すための記述だったということか。あの天界文書は、始祖文明の失われた知識の結晶。つまり、エレンが暗躍できたのは、あいつが天界文書を読み解く知識を独占していたんだな。


 すべてが繋がっていく。

 邪龍の復活、地獄の業火、メフィストの召喚。


 天界文書、要するに、始祖文明の知識の延長線上にエレンの邪龍教団があったんだ。

 だからこそ、あいつはひとりで世界を混乱させることができた!


「(始祖たちは、メフィストがいかに危険な存在かは理解していた。だからこそ、メフィストへの対抗策として、実態をもたないあいつを斬ることができる私を作り出した……しかし、あいつはやはりというべきか、とても狡猾こうかつだった。始祖たちは、あいつにだまされて滅ぼされてしまった)」


 あのダンジョンで見せられた夢を思い出す。


「(始祖たちは、メフィストを救世主と信仰する派閥とそれに反発する派閥に分断された。私は、親メフィスト派によって奪われて、あのダンジョンに封印された。反メフィスト派が奪還できないように、マッピングを無効にする工夫がされていたり、魔力無効化エリアがあったのはその名残だ)」


 クロノスの語りは続いていく。


 ※


「(そして、メフィストは、人間たちに手を貸しているふりをして、裏では人間を滅ぼそうとしていた。切り札を失った人間は、あいつを止めることはできなかったんだ。メフィストによって、邪龍を作り出したり、魔力体系を完成させたりしていた。それでみんな安心してしまったんだ。彼が悪魔であることを忘れてしまった)」


 それが、魔力文明の末期なんだな。


「(そして、終末の日は突然、はじまった。メフィストの信者たちが、魔力文明の中心にあった魔力炉を暴走させた。そして、大爆発が起きて、世界の崩壊カタストロフィがはじまった。栄華を誇った文明は一瞬にして崩壊し、命と知識は失われた。各地に散らばる天界文書と遺産だけがその断片を伝えているだけだ)」


 一同は、悲痛な面持ちで沈黙する。

 メフィストが、魔力文明を滅ぼした張本人で、魔王軍に所属してまだ、暗躍している。


 なにを狙っているのかわからない。エレンの自爆の後でもどこかで生存している悪魔の存在は、俺たちにとって最大の脅威になる。


「クロノス、魔力文明を滅ぼしたメフィストはどうして、魔王軍の最高幹部になっているんだ。その後の歴史はどうなっているんだ?」


「(残念ながら、私にはわからない。キミたちが、失われた歴史と言っている魔力文明崩壊後の世界がどうなったのか。人間はどうやって、世界を再建したのか。魔族がどうやって発生したのか。両者の戦争はいかにして起きたのか。私は、知らないんだ)」


「なぜだ。お前は、その間も存在していたんだろう?」


「(ああ、だがね、文明の崩壊で私も魔力源を失ったんだ。その影響で、私は眠りについていた。メフィストが表立って動かない間、私は眠っていた。そして、少し前に、メフィストの復活に呼応して私も目が覚めた。外の世界では、悠久ともいえるほどの時間が流れてしまっていたんだ)」


 そして、俺たちは出会ったんだな。このダンジョンが見つかったのも、クロノスが目を覚ましたことに起因するんだな。


 失われた歴史については、完全にはわからないが……


 だが、大きなヒントは貰った。すべての始まりが、メフィストにあることだ。

 そして、メフィストは原因はわからないが、魔王軍の最高幹部に就任して、未だに暗躍を続けている。


 あいつと接触して、すべてを白状させることができたら、わかるだろう。


 そして、あいつの目的が失われた歴史の中に隠されている気がする。


 それが、魔王軍と人間の和平を推し進めるヒントが隠されていると思う。


 すべては、大悪魔・メフィストが握っている。


 ※


 俺たちは、副会長との会見を終えて、解散した。

 村の家に帰ってゆっくりしたいが、さすがにクタクタ。イブラルタルで一晩過ごして、朝向こうに帰ることにする。


 馬車で家まで送ってもらう。


「疲れたな」

「はい。ダンジョンを無理やり突破して、ほとんど休憩なしで上まで戻ってきましたからね。私も、魔力を使い果たしましたよ?」

「だよな。無理させて悪かったな。今日は、イブラルタルの家で早く寝て、ゆっくりしようぜ」

「そうですね。そうしたいのは山々ですが、ひとつだけはっきりさせておきたいことがあるんです。答えてくれますよね、先輩?」


 ナターシャは冷たく言い放つ。あれ、なんか怒ってるのか?

 俺、なにか怒らせることしたかな?

 

「あのダンジョンの奥で一体何があったんですか? 帰ってきてからの先輩は何か変です。私に絶対に隠し事していますよね?」


「……」


 言っていいのか? あのダンジョンで、見たエカテリーナとの夢を?

 俺は、夢を見ていたわけで、浮気じゃないはずだ。たぶん……


 でも、まちがいなくナターシャを傷つけるし、怒らせる。俺は、エカテリーナじゃなくて、目の前の後輩に会いたくて、帰ってきたんだ。なのに、すなおに自白して、俺たちの関係が壊れたら、どうしよう。


 戦争よりも怖い。

 それにあれは、現実じゃない。だから、言わなくても大丈夫。


 そうじゃないよな。


 この世界で一番の味方であるナターシャに嘘をつくことなんてできない。

 ここでごまかせば、たぶん、俺たちの関係はずっとぎくしゃくする。


 それが最悪の選択肢だ。


「最初に謝っておくよ。申し訳なかった」


「どうして、謝るんですか?」


「ナターシャを傷つけてしまったかもしれないから」


「話してください。隠されていた方が、傷つきます」

 そう言って、俺たちの手は繋がれる。


「クロノスと最初に会った時、俺は夢を見せられたんだ。試練みたいなものでさ。あいつは時間と空間を操れるから。俺があいつに連れていかれたのはさ、故郷ムラが魔物に襲われなかった世界で……父さんも母さんも、みんな生きていてさ……」


「それで――」


「その世界では、俺とエカテリーナが去年結婚していたんだ。でも、彼女は俺の様子がおかしいことに気がついて……」


 ※


「わからない。自分の部屋で寝たはずなのに、起きたらここにいたの。でも、この世界でずっと過ごしてきた記憶もあって。それは私にとって幸せなものだから。ずっとこの世界でアレクと暮らしたくなったんだ」


「これが、私の思い描いていた幸せなんだよ?」


「だから、この世界で過ごせた1日は、私にとって、宝物だよ。たぶん、夢だと思うけど、この幸せな一瞬を過ごすために、私はずっと生きてきたんだと思う。ありがとう、アレク。だから最後にわがままをさせて、ね」


「これは夢の世界でのことだから、浮気じゃないよね?」


 ※


 俺は、ナターシャにすべてを話した。


 エカテリーナに告白されてキスされたこと。


 クロノスにナターシャとエカテリーナ、どちらを取るか迫られたこと。


 そして、俺が、こちらの世界を選んだこと……


 ナターシャは、泣きそうになりながら静かに聞いてくれた。


「傷つけたよな。ごめん、ナターシャ」


「違いますよ、先輩のバカ」


「えっ?」


「言いたいことはたくさんあります。でも、今の気持ちじゃ冷静に言えないから、わかりやすく伝えますね」


 そう言って、ナターシャは俺に少しだけキスをする。

 彼女の唇は、本当に柔らかかった。


「選んでくださって、ありがとうございます」

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