第160話 アレクへの試練

 ボリスが大活躍してくれたおかげで、俺たちは次の階に降りることができた。

 そこは、やはりワンフロア型の部屋だ。


 だが、魔力封印エリアではない。ナターシャが試しに索敵魔法を使って、そのフロアの様子を把握することができたからな。


「どうやら、ここには魔獣はいないようです」

 とりあえず、魔獣がいないならよかった。でも、さっきの泥人形の件もあるからな。いつどこで敵が出現するかわからない。俺たちは、気をつけながら前に進む。


 そして、フロアの奥には、細い通路を発見した。


「なにか、この先に魔力のような力を感じます」

 ナターシャがそう指摘する。


 だが、俺たちはすぐに前には進めなかった。

 なぜなら、通路の前には石碑せきひがあったから。


「この先にはひとりだけしか向かうことはできない。真実を知りたい勇気ある者だけが前に進め、か」

 俺は石碑の文字を読み上げた。


「不思議ですね。この文字は私たちが読める文字で書かれています。始祖たちが作ったものなら、これは変ですかね、先輩?」


「ああ、始祖たちの遺産に書かれたものは、天地開闢の図のように解読不能なものだったからな」


「何かの罠とか?」

 ボリスも怪しんでいる。


「その可能性は高いですね。もしかしたら、始祖たち意外の思惑が働いているのかもしれません」

 イーゴリさんの分析でも危険だと判断しているようだ。


 この石碑の言うことが本当なら、誰かがこの通路を通った瞬間に、この通路が遮断されるような仕組みだろう。かと言って、石など投げても罠が作動したら誰もこの通路に入れなくなって、俺たちの探索は失敗する。


 誰かが通って、遮断壁みたいなものが発生するんだろうか。それがただの壁ならここにいるS級冒険者なら簡単に破壊できる。


 しかし、未知の物質などでできたものなら、それを突破するのは難しくなる。つまり、パーティーが完全に分断されるんだ。


「こういう罠の定跡としては、パーティーを分断して、いきなりモンスター大量発生とかだよな?」

 俺が苦笑いすると、皆がうなずいた。


「ということは、きっとさっきと同じ泥人形の大量発生かもな」

 ボリスはそう考えているのか。俺もだ。このフロアには魔獣がいる様子がないからな。突然発生するなら、泥人形みたいなやつだろう。


「なら、フロア側には私が残った方がいいだろうな」

 イーゴリさんの考えに俺たちは同意した。イーゴリさんがいれば、泥人形は怖くない。


 そして、ナターシャはひとりでは戦力としては厳しいものがあるから、通路には向かわせられない。


 ということは、俺かボリスが適任だ。


 この先にあるものが何かわからない以上、俺たちは最も汎用性はんようせいがある選択肢を選ばなくちゃいけない。


「俺が行くよ」


 そう、それが最善手だ。だって、俺が世界最強のオールラウンダーなんだから……


 ※


「先輩……」

 ナターシャは心配そうに俺を見つめる。悪いな、そんな顔をさせるつもりないんだけど。

 でも、立場が逆だったら、俺も同じ顔をするはず。


 だからこそ、ナターシャのその優しさが嬉しかった。


「大丈夫だ、すぐに戻る。俺を信用してくれ」


「信用はしています。でも、心配なものは心配なんですよ?」


 そういうナターシャがどうしようもなく愛おしい。これを最後の瞬間には絶対にしたくない。


「帰ってきたら、村の経営の仕事をしなくちゃいけない。死ぬわけにはいかないよ」


「気をつけてくださいね」


 ナターシャを幸せにするという責任がまだ残っているしな。恥ずかしいから、口が裂けても言えないけどね。


「じゃあ、みんな……あとは頼む」


「おう」

「気をつけてください」


「うん!」


 覚悟を決めて俺は一歩前に踏み出す。


 そして、遮断壁しゃだんへきが展開された。

 遮断壁は、透明な壁だったがやはり魔力加工がされている。おそらく反射魔法だろう。強力な魔法を撃ってしまえば、俺に跳ね返ってしまう。


 ボリスなら力で打ち破れるかもしれないが、無理をすればこのダンジョン自体が崩壊する危険性もあるからな。


 俺は前に進むしかない。


 声は届かないが、手を振るくらいはできる。どうやら、モンスターの大量発生は起きなかったようだ。後ろが安全でよかった。


 安心して前に進むことができるからな。


 細い通路の先には、広いフロアがあった。


 中央には透き通った湖があった。浅いな。湖というよりも池だ。手入れがされていないはずなのに、水はとても透き通っている。


 そして、水の中央には、一本の美しい剣が鎮座していた。


 俺にはその件に見覚えがあった。ずっと、俺の相棒が使っていた物にとても似ている。


 ※


「おっと、注意散漫じゃないのかな~アレク?」


「誰が11連撃しか打てないって言ったんだよ、アレク。無理すれば、もう1発くらい連発できるぜ」


「チェックメイトだな、アレク。あばよ」


「これで終わりだ!! アレク、覚悟しろ」


 ※


 ニコライとの激闘がフラッシュバックする。

 あいつが持っていた始祖たちの遺産に連なる"天上の恵"にうり二つの剣だ。


 あの剣から繰り出されるオルガノンの裁きに何度苦しめられたかわからないよな。

 逆に、何度も命を救われたけどな。


 だからこそ、見間違えるわけがない。


 あれは、世界最強の名刀だ。


「(真実を知りたいものよ。汝が、それを求めたいならば、いかなることがあったとしても私のもとに進むがよい。決して、後ろに下がってはならない)」


 名刀は、俺に語り掛けた。


 俺は前に進む。覚悟は固めている。もう、後ろには下がれない。


「そうか、勇気ある者よ。ならば、汝の覚悟を見せよ。我らは、汝が示す覚悟に試そう」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の目の前はゆがんだ。


 ※


 目が覚めた瞬間、俺の目の前にはエカテリーナがいた。

 なんで、ここに彼女がいるんだ。


 俺たちは始祖のダンジョンを調べるために、地下にいたはずなのに。


 エカテリーナは、かわいいワンピースを着ていた。こういう服も持っているんだな。


「あれ、ダンジョンは?」


「何を言っているのよ、アレク? 夢の中で冒険でもしていたの? ここは私たちの村で、ずっとここに住んでいるんじゃない。私たちはずっと一緒だったのよ」


「えっ!?」


「もう、あんまり新妻を困らせないで? 早く起きて、朝ご飯食べてよ。今日はお義父さんたちと買い出しのはずでしょ?」


 夢。

 さっきまでのは全部、夢?


 村が全滅して、叔父さんたちに引き取られて、ニコライたちと冒険者になって、世界のために戦い続けていたのは、全部夢なのか。


 だが、エカテリーナと話していると、それが夢だったと言われても納得してしまう自分がいた。


 村には魔王軍の襲撃なんて来なくて、俺たちはずっと村で楽しく暮らしていた。

 エカテリーナとはたまに喧嘩もしたけど、ずっと仲良くして、そして、去年、結婚した。


 両親は、俺たちのことを涙ぐみながら祝福してくれて……


 これからもずっとずっと幸せな日々が続いていく。俺は、怪我もしなくていいし、みんな楽しく生きていける。


 エカテリーナだってそうだ。あいつは、家族も失わないし、孤児として寂しい思いもしなくてすむ。海軍に所属して危険なことしなくてもいいんだ。みんなが幸せな世界。


 俺は彼女が作ってくれた朝食を食べる。トーストと野菜スープの簡単な朝食だ。でも、優しい味がする料理で、心が満たされる。

 

「美味しい」

「でしょ? アレクが好きなものを作ってあげたんだから」

「ありがとう」

「なによ、気持ち悪い」


 そう言って、俺たちは笑いあった。


「さあ、食べたら、広場に向かいましょう。お義父さんたちが、結婚祝いにいろいろ買ってくれるって言ってくれているんだから、待たせたら悪いわ」


「ああ、そうだな」


「久しぶりの街だからね。とても楽しみよ」


「うん」


 俺は、エカテリーナに手を引かれて家を出た。

 やっぱり、俺たちが住んでいた村だ。見ているだけで、泣きそうになる。


 そして、待ち合わせの広場には……


 ずっと会いたかった人たちが、俺を待っていてくれた。

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