第158話 魔力封印エリア

 ボリスたちも仮眠を終えて、俺たちは次の階層に向かう。

 階段を下りた先には、大きな部屋だった。


 いつものようにナターシャが索敵魔法をかけてくれるんだけど……


 毎回、新しいフロアに入ると、案内してくれる彼女の声を沈黙を続けていた。


「どうしたナターシャ?」


「皆さん、大変です。魔力による索敵ができません」


「どういうことだ?」

 ボリスが叫ぶ。


「もしかすると、魔力封印エリアなんじゃないか!」

 イーゴリさんはすぐに気がついたようだ。


 こりゃあ、メチャクチャ厄介なエリアを用意してくれたもんだ、始祖たちは……


 俺も無詠唱魔法を試みるが、やはり魔力は発動しない。


 やっぱり、このエリアでは魔力は使えないようだな。


「みんなに注意してくれ。これじゃあ、どこに罠があるかもわからないぞ」


 しかし、罠にかかるよりも早く、ダンジョンは俺たちに牙をむいて襲いかかってくる。


「なんだ、この音と揺れは……」

「先輩、地面から何かが生まれていきますよ」

「なんじゃ、あれは……」

「きっと、土人形だ。高位な錬金術師が作ることができる拠点防衛システム。そこまで強くないけど、数が多いから気をつけろ!」


「みんな、ナターシャを守るように囲め!」

 ここでナターシャをやられるわけにはいかない。ダンジョンで回復役を失うのは、ほとんど全滅と同義だからな。回復役がいないパーティーは、じり貧で追い詰められてしまう。だからこそ、ナターシャを全力で守るんが最善手だ。


 それについては、ボリスとイーゴリさんもよくわかっている。


 すぐにナターシャを取り囲んで防御陣形を作ってくれた。もう、歴戦のS級冒険者たちだから、以心伝心状態なのは助かる。冒険者やギルド協会は、本当に実力主義だよな。だからこそ、大国とも互角に渡り合うことができるんだが……


 そして、俺たちはお互いの役割を理解している。


 俺は、ひたすらナターシャの防衛に特化する。魔力が封印されている以上、剣技が防御型の俺はそれが一番適しているからな。


 ボリスは、ひたすら剣で敵をなぎ倒す。自分から動いていけば、1対1では世界最強の戦力だ。ニコライのような特殊能力持ち以外なら、ボリスはタイマン最強だからな。


 そして、今回の危機を打開してくれるのは、イーゴリさんしかいない。

 たしかに、イーゴリさんも今回のエリアに影響を受けている。


 そう、新しい道具を作れないんだ。錬金術師が道具を生成するには、魔力が必要だから。


 だけどな……


 すでに作ってある道具を使う分には問題ない! 彼が持参している強力なアイテムを使えば、敵は一網打尽にできるはず。それが俺たちの勝ち筋だ。


「3人とも1分だけ時間を稼いでくれ!」


「「「了解」」」

 俺たちもチームとして、完成度が高まってきた。


 ※


 ボリスが先行して、泥人形たちをなぎ倒していく。数が多いだけで、ボリスの攻撃に簡単につぶれていく。だが、やっかいなのは、あいつらの数と再生力だ。しょせんは泥なので、剣で切っても、簡単につながってしまいまた襲いかかってくる。


 本来なら魔力で再生できないように粉々にしてしまうか、水魔法で溶かしてしまうのが定跡なんだけどな。ここは魔力封印エリアだ。始祖たちもその特性を生かして、ここに泥人形を配置したんだな。


 いい趣味してやがる。


 ナターシャが杖でやつらを倒していく。俺も泥人形を払いのけた。


 それにしても、さすがはA級冒険者だな。うまく白兵戦をこなしている。

 だけど……


 彼女の杖は、空振りしてしまい反動でバランスを崩した。そのスキをついて、泥人形がナターシャに殺到する。


 これでナターシャがやられたら、俺が護衛している意味はない。

 俺は得意のカウンターで泥人形たちを地面に沈めた。


「ありがとうございます、先輩」

「気にするな、後輩を守るのが先輩の役目だろう?」


 ※


「かわいい後輩が、ひとりで世界に絶望している。そんなやつに世界の温もりみたいなものを知ってほしいじゃないかよ! おまえの生きている世界は捨てたもんじゃないって…… 気がついてほしいだろ! それを教えてやるのも先輩の務めじゃねぇか!」


「かわいい後輩を助けるためなら、男はどんな無理でもしちゃうんだよ。だから、泣くな、ナターシャ! もうすぐ、ニコライたちが先生を呼んで来てくれて助けに来てくれるからさ」


 ※


 昔、ナターシャに言った言葉を思い出した。


「こうやって、土人形を相手にしていると、昔のことを思い出しますね」


「試験の時か? あのときのゴーレムは、こいつらよりもはるかに強くて大きかったな」


「あのときの先輩は、今より弱かったはずなのに、すごく格好良かったな」


「なんだよ、今はかっこわるいのかよ?」


「違いますよ、今はもっとかっこいいんです」


 不意にドキッとしてしまった。やめてくれよ、そういうのは二人きりのときにしてほしいもんだよ。剣が乱れるだろう。


「みなさん、準備ができましたよ。一度、下がってください」

 イーゴリさんの声で俺たちは彼の後ろまで撤収する。


「よし!」

 イーゴリさんは、いくつもの筒を泥人形たちに投げつけた。筒からは少量の水が放出されて地面に吸い込まれていく。


 そして、俺たちの目の前には巨大な緑の植物が成長していく。

 最初は小さな芽だったそれは、水を吸って巨大化し、そして破裂した。


 植物の中からは大量の水が放出されて、泥人形たちは一瞬にして形を失っていく。


 ※


「やりましたね、イーゴリさん」


「ありがとう、アレク君」


「それにしても、すごい水でしたね。あれどうやってやったんですか?」


「錬金術で作り出した魔力植物を使ったんだ。いつもは種にして持ち歩いているんだけど、さっき地面に植えたんだ。こいつらは、少量の水で急速に成長して、そして、自分の体の中に大量の水を作り出す。水不足になった時にも使いやすいんで、たくさん持ってきておいて助かったよ」

 そう言って、イーゴリさんはアイテム袋に仕込んださっきの植物の種を大量に見せてくれた。あれだけあれば、水に困ることはないな。


 イーゴリさんは、1対1の勝負でも強いが、本質はこういうチームプレイの中での打開時だ。

 ボリスとナターシャがどちらかといえば、王道的な能力で、俺とイーゴリさんはどちらといえば邪道タイプ。トリッキーな動きで、戦局が停滞した時に、なにかしらの変化を生み出せる。


 王道だけでパーティーを固めると、劣勢の時に逆転しにくくなるんだよな。


 ちなみに、イーゴリさんが作り出すアイテムは貴重で高値で売り出されている。この水を作り出せる植物も、農業分野で応用可能だよな。今度、売って欲しいくらいだ。


 錬金術師は本来、前線に出てくることがない職業だけど、イーゴリさんくらいの能力があれば、身体的な問題を工夫でカバーしている。これは俺も勉強になるよな。


「よし皆行こう! ここは索敵ができないから、罠に気をつけてくれ」

 俺たちは、次のフロアに向かう階段を探して動き出す。


 だが、このエリアは、魔力封印と大量に湧き出る泥人形だけじゃなかった。


 ※


「おい、こっちに階段があるぞ!」

 ボリスが最初に階段を見つけた。


 細い通路の先に、階段はあった。だが、階段の前には、2メートルはある巨大な鉄の像があった。騎士のような姿を模倣している。階段の前に立って行く手を塞いでいる。


 これはわかりやすいよな。

 いわゆる階段を守る巨大なボスだろ、これ。


 魔力封印エリア、大量の泥人形、そしてこの巨大な鉄の騎士。


 もう総力戦を挑んできているな、このダンジョンを作ったやつらは。

 つまり、この下には、何か見せたくないものでもあるんだろうな。だが、この鉄の騎士はやっかいだぞ。この細い通路なら、勝負できるのはひとりだけ。


 後ろから魔力攻撃で援護したいが、ここは魔力封印エリアだ、

 アイテムを使って援護しようにも、狭すぎて味方の邪魔になりかねない。


 つまり、肉体ひとつで、あの巨大な騎士と戦わなくちゃいけないんだ。

 適任者はひとりしかいないな。


「やっと、俺の出番だな」

 ボリスは笑いながら、前に出ていく。

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