第150話 封じ込め

「ナターシャとか副会長は、よくそんなにいろんなことを考えられるな。俺には無理だよ」

 はっきり言って、思考力が異次元だ。

 俺は、言われたことをそのままやる方が得意なんだなと思う。


「そうですか? 先輩の戦場での状況把握力を考えると、逆に向いていると思いますけどね。ただ、コツがつかめていないだけで……」


「コツ?」


「変だなとか不思議だなというところを見つけて、少しだけ立ち止まるんですよ。あえて、立ち止まった方が、よく見えることが多いんです」


「ふ~ん」

 いまいちピンとこないな。


「じゃあ、一緒に考えてみましょうか? たとえば、副会長は魔王軍に対して、どんな戦略を考えているのかとかどうですか?」


「えっ、問題が起きたらすぐに動くとか、和平とかの話?」


「違いますよ。それはあくまで表面的な話や最終目標です。ギルド協会の指揮をしているのは、ミハイル副会長ですよね?」


「ああ」


「彼の作戦には、大きな考えがあって、それに従って行動しているんですよ。南海戦争の時を思い出してくれればわかりやすいですね」


「あの時は、魔王軍の奇襲で海上要塞が大ダメージを受けて、海上交通路の危機が……そうか、海か……」


 あの時、人類側の総力をもって魔王軍を迎え撃ったのは、海上交通路を守るため。副会長の視点は常に海から考えられている。


「はい、副会長の戦略の基本は、海なんですよ。どうして、海なのかわかりますか?」


「ええと、バル攻防戦で、魔王軍西方師団が壊滅したからかな? 俺たちの居住している大陸には魔王軍のまとまった陸上戦力はいないし……そうか、だから副会長は海中心の戦略に切り替えたのか」


「はい、バル攻防戦での大敗で、魔王軍の陸上戦力は、魔大陸にいる主力部隊以外壊滅しました。もう、結論に近づけますよ、先輩?」


「魔大陸の主力部隊を、人間の大陸に輸送するには、海から動かなくちゃいけないのか!!」


「そうです。そして、制海権は、人間と魔王軍どちらが持っていますか?」

 彼女は俺にヒントを与えてくれた。ここまで言われたら俺もすぐに結論に導かれる。


「人間だよな。つまり、副会長は、制海権を維持して、魔王軍を魔大陸に封じ込めている。人類側の海上戦力の方が強いから、魔王軍も主力部隊を簡単に輸送できないんだな……」


「完璧ですね。だから、魔王軍は大きなリスクを取ってでも、南海戦争を引き起こして、人類が持っている制海権の打破に挑んだんです。副会長も、制海権を失うことが危険なのは承知しているから、全戦力を動員して、それにこたえた」


「そうか!! バル攻防戦で陸上戦力を失いやクラーケン敗死で制海権を取った後は、魔王軍の攻撃がヴァンパイアのようなゲリラ的な攻撃だけに制限されているということか」


「はい、副会長は、制海権を維持することで、人類側にかりそめですが、"平和"をもたらしているんですよ。副会長は、和平を勝ち取るまで、制海権を維持し続けて小康状態を続けていきたいんです」


「は~、なるほどな……ナターシャたちはこうやって思考をつなげていくのか。少しだけ、コツがわかったよ」


「先輩はコツをつかんだら早いと思うので、これからも頑張ってくださいね!それじゃあ、ご飯にしましょうか?」


「ああ」


 そう言いながら、俺たちは出店で買ってきたフィッシュアンドチップスを食べる。


 ※


 俺たちは、翌日に村に帰り、倉庫に確保していた農産物を確認した。

 今年はナターシャのもたらした技術によって、過去最高の取れ高を誇った村の倉庫にはたくさんの穀物が備蓄されている。


 普通に食べて、緊急時の非常食として残しておくものを差し引いても、かなり余裕があるな。

 

「村長さんとも相談しましたが、農家の人たちはできる限り売りたいと考えているようです! 収入が少なくなる冬の季節には、嬉しいボーナスだとみんな喜んでいました」


「それはよかったな! 道路整備に回すお金についても、許可はもらったのか?」


「はい。総売り上げの10パーセントを道路整備の予備費に回すことにしました」


「みんな思った以上に協力的で助かるな」


「先輩を信頼してくれているんですよ。『魔獣による被害も減って、冬の食料も心配がない。むしろ、売ることができるくらい余裕があるのは、アレク様が移住してきてくれたおかげだ』と口々に言ってます」


「その半分以上は、ナターシャの功績だけどな」


「ありがとうございます!」


 しかし、ここまでうまくいくとは思わなかったな。ナターシャの実行力は本当にすごい。


「ギルド協会の補助金と今回の件で、予算的には結構余裕ができたな。もし、資金が余ったら、どうする? 村の人たちに還元するのか?」


「もちろん、そのつもりですよ。でも、現金をそのまま返すんじゃなくて、新しい農業の資金にして皆に還元したいと思っています」


「新しい農業をするのか?」


「はい! この村は、イブラルタルの食料庫みたいな役割になっていくと思います。いま栽培している農作物の生産量を増やすのはもちろんですが、村の人たちがもっと豊かになるように、商品作物の栽培も同時にやっていきたいと思うんですよ!」


「商品作物か!」


「はい、この村で食べたりする目的じゃなくて、売るために作る食べ物のことです! 今までは、村の中で食べる作物を作り、余分なものを売っていました! でも、新しい作物は、最初から売ることを目的にして作るんです!」


「なるほど。村に直接、お金が入るようにするんだな。それで具体的には、何を作るんだ?」


「いくつか、候補はあります! たとえば、菜種なたねとかですね」


「ナタネ? あの綺麗な花だよな」


「はい! 種から油がとれるんですよ!! 街ではよく売れます。あとは、ビーンズですね! 実は、東大陸に伝わる独特の技法があるんですよ。この前の邪龍騒動の時に、帰り際、農業書を買ったんです。その本に、おもしろいものの作り方が書いてあったんですよ!」


 相変わらず、知識欲の塊だよな、ナターシャ。

 楽しそうに笑う彼女を見て、俺は少しだけ恐怖を覚えた。

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