第142話 婚約者としてのふたり

「お久しぶりです、伯爵。ご無沙汰しております」

 俺もどさくさ紛れに挨拶をすませた。


「ああ、ふたりとも、おかえりなさい」

 。俺にもそう言ってくれる関係になったんだよな。


「お母さまが、待っていますから、早く食堂にいらしてくださいよ、お父様?」

「うん、でも、ちょっと腰が抜けて、立てないかも……」

「もう!」


 ふたりは、久しぶりの再会なのに、一瞬で家族に戻っていた。俺が初めて見た時のナターシャの家族とはまるで違う様子になっていて、それがどうしようもなく嬉しかった。


「悪いな、ナターシャ……ちょっと、立てそうにないんだ。腰が回復するまで、3人で少し話をしないか?」


「嘘が下手すぎますよ、お父様! 話がしたいなら、素直にそう言えばいいのに」


「紳士には、たくさんの口実が必要なんだよ」


「それで、話って何ですか?」


 俺たちは、書斎の椅子に腰かける。


「アレク君、娘を選んでくれて、ありがとう。ナターシャは、私たちにとって、自慢の娘だ。至らないところもあるとは思うが、よろしく頼むよ」


「お父様……」


「ナターシャは、私にとって出来過ぎた娘だと思っている。そして、アレク君は、娘の最初の理解者だ。そして、唯一同じ目線に立てる同年代だと思っている。キミは、ギフテッドという言葉は知っているかね?」


「先天的に、知能などが高い天才のことですよね」

 俺でもそれは知っている。天から授かったような才能は、神からの贈り物、天賦の資質ギフテッド


「ナターシャは、間違いなくギフテッドだった。生まれた時から、天才だった。幼少期から、その知性は、親の私ですら恐怖をおぼえたくらいだからね。娘の知性は、周囲から彼女を孤立させたんだ」


「それは、親バカです。そもそも、私レベルで天才なら、先輩は異次元の存在ですよ?」


「そう、キミたちが出会うのは、ある意味では必然だったんだよ。ギフテッドは、周囲の人たちに理解されにくい。天才の本質は、天才にしかわからない」


 ナターシャは、それでも納得がいかないようだが、俺にはよくわかる。

 彼女は、俺なんかと比べてはいけない存在だ。


 冒険者という立場ならたしかに、俺の方が才能はある。

 だが、俺の才能はあくまで冒険者の範囲にしか収まっていない。


 でも、ナターシャは違う。

 冒険者の世界でも、選ばれた者しかなれないA級に若干20歳で登りつめているし、医術や政治、農業の分野でも当代きっての天才たちと互角に戦っている。政治家でもミハイル副会長や辺境伯様とほとんど同じ目線で話すことができているし……



 南海戦争でも、エレンのクーデターでも、彼女がいなかったら俺は間違いなく死んでいた。冒険者としてのナターシャも間違いなく成長している。この成長スピードなら、20代でS級冒険者にまで届きうる。


「だからこそ、ナターシャはアレク君に潜在的にかれたんだと思う。自分を超えるかもしれない存在と、理解できる存在と初めて会うことができたんだからね」


「お父様……」


「アレク君、本当にありがとう。娘のことをしっかり見ていてくれて……ナターシャが連れてきた男の人がキミで良かった。キミ以外の人なら、私は絶対に安心できなかったと思うよ。ナターシャのことをしっかり理解できるキミが、私の娘のことを命懸けで守ってくれるキミがパートナーとして最高の人間なんだ」


 伯爵はゆっくりと俺たちの手を握った。

 俺も伯爵の熱量によって、本心が漏れてしまった。



 ※


 俺たちは、自分の気持ちを正直に伝えた後、食堂に向かった。

 食堂では、夫人が料理を作って待っていた。


 珍しいな、ナターシャもだけど、貴族階級の女性が自分で料理をするのは……

 ナターシャは確か、引きこもっていた時代に、コック長に教わったとか……


 じゃあ、夫人はどうしてなんだ?


 そう思いつつ感謝祭のご馳走の一つであるチキンピラフを口に運ぶ。

 チキンをまるごと使ったある意味、豪快な料理だ。


 鶏ガラでスープを作り、そのスープでコメを炊く。

 濃厚な鳥のうまみが堪能できる。


 とても丁寧にスープを作っていることがわかる。本当に優しい味のピラフだった。

 そして、付け合わせはジャガイモのサラダとオニオンスープ。


 思った以上に庶民的な料理だよな。美味しいけど……


「先輩、わかりましたか?」


「えっ?」


「実はこのジャガイモ、私たちの村で採れたものなんですよ」


「そうなの!?」


「はい、こっそり実家にも送っていたんです!」

 ナターシャは照れながら笑った。


「公爵夫人も、料理お上手なんですね」

 俺は、正直に感想を言った。


「公爵夫人はよしてください。今日はプライベートな食事会ですから、アレクさん」


「えっ、じゃあ、なんとお呼びすれば?」


「もう、家族になるのだから、お義母さんとか?」


「うっ、お義母さん……」

 これは気恥ずかしい。正直に言うと、両親が死んでから、育ての親のことを叔父さん・叔母さん呼びしていたから、なんだかむずがゆさが先行してしまう。


「ふふ、お可愛らしいこと。世界の英雄にも、こういうところがあるんですね」


「あんまりからかわないでくさいよ」


 そう言って、家族の食卓には笑いが起きた。


「私は元々、貴族出身じゃないのよ。だから、料理も得意なの」

「そうだったんですか!!」


「妻のソーニャは、庶民の出身だったんだけどね、アレク君。後から貴族のご落胤らくいんだとわかってね。10歳を超えてから貴族になった。だから、家事が得意なんだよ」


 伯爵がそう教えてくれた。なるほど、そういういきさつがあったのか……

 伯爵が、俺とナターシャのことを認めてくれたのもそういう背景があるのかもしれない。


 伯爵秘蔵のワインも飲みながら、俺たちは親睦を深める。ナターシャは、俺にいろんなことを運んでくれる。


 挫折から立ち直るきっかけも、戦場の中の希望も、こういう普通の幸せも……


 全部、ナターシャが教えてくれた。


 ナターシャは、俺によって救われたとずっと感謝してくれている。

 でも、たぶん、俺の方がずっとナターシャに救われているんだよな。


 ナターシャと出会ったのは、たぶん運命だと思う。


 少女のような確信を、俺は強く胸に刻んだ。

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