第136話 ダンス

「先輩、ぎこちなさすぎますよ」

 優雅に踊るナターシャが俺のことを笑う。


「しかたないだろ。貴族出身のお前とは違って、こういうの苦手で勉強したことないんだから」

「それにしたって、ステップが千鳥足みたいになりすぎです。もしかして、酔ってますか?」

「やめて、本気で言われると悲しくなる」


 俺は、ナターシャの足を踏まないように、必死だった。


「さっきは、冗談であんなこといいましたけどね、先輩――いいじゃないですか。私の足を踏んでも、足がもつれて倒れても、どんなにかっこ悪くても」

「え?」


「だって、そうでしょう。そんなことが起きても、それはいい思い出で、私たちがずっと共有できるかっこ悪いけど素敵な思い出に、なっちゃうんですよ。私たちって、もう、そういう関係なんですよ?」


「言ってて少しだけ恥ずかしくなったな」


「茶化さないでくださいよ、もう。でも、先輩のダンスがどんなにかっこ悪くても、それで先輩がかっこ悪いことにはならないんですよ? 先輩は私の命の恩人で、私のヒーローで、この街の――ううん、世界の英雄なんだから。かっこ悪いところも含めて、かっこいいんです」


 そう言って、ナターシャは俺に体を預けてきた。

 彼女の柔らかい肌が、俺に密着する。


「もう、時計の針は動き始めてしまったんです。こうなったら誰にも止められません。先輩は、この半年間で、まちがいなく世界最強の存在として認知されました。会長には勝てないかもしれませんが、もう世界はあなたがいないと回らない。これから先、魔王軍との戦争はどんどん激しくなると思います。だからこそ、私はあなたを支えます。どんな時でも一緒です」


「ナターシャ――」


「そして、先輩は私の共犯者です。私の計画は、私たちの計画になります。助けてくださいね?」


「もちろんだ。俺は、ずっとナターシャを支える」


「ありがとうございます。そして、これだけはおぼえておいてください」

 俺たちはくるりとターンする。


「先輩は、世界中から期待されています。それは、すごく重たくて苦しいものになるときもあるかもしれません。それにつけこんで、エレンみたいなやからがあなたに近づいてくることがあるかもしれない。周囲の人が信じられなくなる時があるかもしれない。でもね、たとえ世界が全部敵になっても、私だけは何があっても味方です。半年前のあの日。たぶん、私とあなたが出会うのは運命だったんだと思います。私たちがあそこで出会わなければ、世界は悪い方向に変わっていたと思います」


「……」


「だから、先輩が困っているときに、私はどこにいても駆けつけますよ。苦しい時は、私が絶対に引き戻します。もっともっと、頼ってくださいね」

 もう、ほとんど逆プロポーズだと思う。だけど、俺たちには、その言葉は必要ない。なぜなら、それはもう、共通認識だからだ。


 ダンスは、ナターシャが俺をリードして佳境を迎えた。


 ※


 俺たちはダンスを終えて、ドリンクを飲みながら休憩する。

 無事に終わって、満足感がある。ナターシャの足を踏まなかったし!


「やあ、ご苦労だったね、ふたりとも」

 休憩中の俺たちに、ひとりの老人が話しかけてきた。


 領主様だ。


「領主様、どうしてここに!!」

「なに、臨時政府代表として、陛下にご挨拶に来たのだ。帰りに何やらおもしろそうなものをやっていたからのぞきに来たんだよ」

「でも、たいした護衛もなしに……この前だって暗殺未遂があったばかりなのに」

「なに、あのような乱世の時にしかこのおいぼれを狙う利点はないよ。いま、わしを殺しても権限は陛下に返るだけ。なんの問題もない」

「それはそうなのかもしれないんですが」


 領主様は肝がすわりすぎている。


「しかし、これでミハイル君の野望はさらに進んだようだね?」

「えっ?」


 下手なことは言わない方がいい。副会長の野望が、俺たちにとっては、戦争の終結だが、それを安易に教えるのは得策じゃないからな。


「きっと、ミハイル君は、ギルド協会の力を巨大にしたいと思っているんだよ」

「しかし、もう協会は戦力だけ見れば、人間側では対抗できる存在はないじゃないですか」

 ナターシャも、俺の考えに沿って、話題を遠ざけてくれた。


「ああ。だがね、あの人員を維持するためには、各国の協力が不可欠じゃろう? 力はあっても、それを支える力も同時に必要になる。だからこそ、ギルド協会は、スポンサーである大国の意向を無視できないんじゃ。そして、その意向のために、キミたちの会長は表立って動くことはできなくなっている」


「そうですね。今回のような緊急事態でも、かなり細心の配慮があって、やっと会長を前線に送り込めましたから」


 俺は同意する。


「そう。だからこそ、自由に動かせるキミの存在が、ギルド協会にとっても、ミハイル君にとっても切り札になっているんだ。会長よりも若干戦力的には劣るが、十分な実力と機動力を備えた協会のナンバー3としてのキミがね」


「若干って……まだ、かなりの差がありますよ、俺と会長には……」


「それでも、キミはあの希代きたいの政治家である副会長の手足となって問題を解決した。その結果、世界中の大国にギルド協会から恩を売ることができた。これは、彼にとっても最高のものだ。ギルド協会の地位が、今まで以上に高まっている。これで彼の最終目標に繋がる状態が出来上がってきた」


 この人は、本当にどこまで知っているんだ。

 あえて、副会長の最終目的を語らないが、間違いなく気がついているか、何かをつかんでいる様子だ。


「北大陸のヴァンパイア、東大陸の邪龍教団、南大陸の南海戦争、そして、今回の西大陸のクーデター。彼は危機を無事に解決し、世界の中心になりつつある。ここから世界は、キミたちと副会長君が中心になって動かしていくことになるんだ。世界は、この半年間で劇的に変わった。わしはそれをゆっくり眺めさせてもらうとするよ」


 そう言って、領主様は帰っていく。


 本当に政治家たちは、何を考えているのかわからないな。


 俺たちは、周囲を見渡した。宴会も盛り上がりみんな結構、泥酔している。

 これはチャンスだ。


 俺も少しは、ずるしてもいいよな?


「なぁ、ナターシャ?」


「はい?」


「よかったらさ、これからふたりで抜け出さない?」


「えっ!?」

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