第131話 貪欲の悪魔

「メフィストだと……あの魔王軍最高幹部の大悪魔か!!」


 貪欲どんよくの悪魔。

 魔王軍四天王の一角にして、そのなかで唯一実態を持たない思念体のような存在として知られている危険な奴だ。


 実態を持たないせいで、ギルド協会が唯一接触したことがない魔王軍最高幹部とされ、実在性も疑問視されていた。


「そうよ。かつて、伝説級冒険者のタレスによって、実態を失い、力を"天上の恵"とこのミラル王宮の地下に隠されていた"グレートヒェンの指輪"に封印されていたのよ。知らなかったでしょ?」


「おまえがどうして、そんなことを知っているんだ」


「邪龍教団の情報収集力をなめないで欲しいわ」


 俺は、魔力による狙撃でエレンを攻撃するが、それは簡単に弾かれてしまう。


「くそっ!!」


「無駄よ、もう誰にも止められない」


 六芒星から真っ黒な影のようなものが出現する。


「(私を呼ぶのは、おまえか? 女よ?)」


 頭に直接響くような低い声が玉座の間に鳴り響いた。


「そうよ、私があなたを呼び出したの。どう、数百年ぶりに力を取り戻した気分は? 大悪魔様?」


「(ふっ、生意気な奴だ。だが、お主からは禍々しいオーラを感じる。人間にしておくにはもったいない魔法力だ)」


「ええ、さあ、契約をしましょう? 私は絶大な力を受け取る。あなたは、私の体を私と共有する。それでどう?」


「(ああ、それでいい。そして、お前が死んだら、お前の魂をいただくとしよう)」


「わかったわ。自分が死んだ後のことなんて、どうだっていいわ。さあ、早く私の中に……」


「(よかろう。ならば、お主には、この世界のすべての叡智と快楽を授けよう)」


 黒い影はそう言って、エレンに覆いかぶさるように動く。


「これが世界の真実……すごい、気持ちいい。すべての力がみなぎってくる。ああ、溶けてしまいそう。どうして、こんなに気持ちがいいの。腕が、私の腕がよみがえっていく。破壊は再生。再生は快楽。そうか、壊せば、あとには幸せが残るのね。そうよ、どうして気がつかなかったのかしら……こんな世界なんて、壊してしまえばいいわ」


 エレンの腕が黒いオーラをまとって再生されていく。

 今まで以上に、どす黒い邪悪なオーラが彼女の周囲に作られていく。


「まずは、アレクぅ。あなたよぉ。あんたが絶望で染まるところを見て、あ・げ・る」


 悪趣味が増しているだけだろうよ。俺は、氷魔法で作った複数の塊をエレンにぶつける。


「無駄よぉ。そんな子供だましじゃ私を倒せないぃ」

 暗黒に染まった聖剣を軽々と横に振り、俺の氷塊を簡単に粉砕する。


 俺は、剣に魔力を込める。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる。遅いわよ、アレクぅ」


 暗黒の魔力が込められた斬撃が、俺を襲う……


 ※


 俺は、エレンから放たれた魔力を相殺するために、魔力のこもったバスターソードを振るう。

 しかし……


 重過ぎる……

 今まで味わったことがないような威力の一撃だった。

 まるで別人のものだ。

 これがさっきまで戦っていたエレンの魔力なのか!?


 それほどまでに、メフィストの持つ暗黒の魔力は強大なのか……


 ほぼ全力の魔力をこめたバスターソードはうなりをあげる。

 だが――


 衝撃波を支えきれずに、俺の愛剣の刀身は崩壊した。

 そのまま、俺は壁に向かって叩きつけられる。


「これが、私の本当の力よぉ! あのアレクがおもちゃみたいに、倒せちゃう」


 エレンの周りには、5つの小型の火球が舞う。

 それが一気に俺を襲った。


 迎撃しようとしたが、体に力が入らなかった。連戦で力を使い過ぎたのか……火球が俺の体を焼く。


「もう少し、歯ごたえがあると思ったんだけどなぁ。まあ、いいや。死になさいぃ、アレクぅ」

 天上の恵から、黒い斬撃が飛んでくる。


 さきほどと同じレベルの攻撃だ。よけるか、相殺しなければ、致命傷になる。

 でも、体は動かなかった。


 ニコライとの戦いで光の翼を放出してしまったことが、裏目に出たな。

 自分でも驚くほど冷静に情勢を分析していた。


 ナターシャの顔が見える。泣きそうな顔をしている。ごめん、ナターシャ。約束は守れそうにない……


 俺は、目の前に迫る黒い斬撃を見つめた瞬間、ひとりの男が俺の眼前に躍り出た。



「借りは、返すぜ。アレク……」

 親友が俺にそうつぶやく。


「ニコライ?」

 俺は親友の名前を返す。


 光の翼を顕現させた勇者は、邪悪な斬撃を体で受け止めた。


「最期にお前とちゃんと話せてよかったよ。今までありがとう。あとは頼んだぞ……」


 ニコライは光魔力と自分の体で、エレンの邪悪を防ぐ。


「エレン、悪かったよ。俺は、キミのことが好きだった。でも、俺はキミとちゃんと向き合えていなかったんだな。キミがここまで増長したのも、一番近くでキミを見ていた俺がちゃんとしなかったからだ。だから、俺は自分のしてきた責任をここで果たす。アレクは殺させない」


「馬鹿な男がやっと気がついたのねぇ。でも、もう遅い。あんたはすべてを失った。名声も仲間も、そして、今、自分の命も失おうとしている。本当に、情けない男よ、あんたは!!」


「ああ、そうだ。俺は、世界の英雄とみんなから褒められて、その重圧から逃げた情けない男だ。だけど、アレクは逃げなかった。仲間が、世界がどんなに苦しい時でも、俺の親友は絶対に逃げなかった! おれなんかよりも、ずっとずっと偉大な男なんだよ」


「今頃、正義に目覚めたのかしらぁ。おもちゃの英雄様はぁ?」


「正義じゃねえよ。俺は、正義なんてものを語る資格もねぇ」


「じゃあ、今の行動はなぁに?」


「親友が困っているのに、助けることに、理由なんていらないだろう? お前に、世界の未来、希望アレクは奪わせない!!」


 ニコライは一歩も引かずに、すべてを受け止めた……


 ※


 すべてが終わった時、ニコライはまだ立っていた。


「あの攻撃を完全に受け止めたの? 天上の恵もなしでぇ?」


「言っただろ? 奪わせないって……」


 ニコライはそう言って力なくゆっくり倒れ込む。


「ニコライ……」

 俺は叫んで、親友のもとに飛んでいきたかった。だが、体に力が入らなかった。


「まぁ、いいわぁ。邪魔者はいなくなったしぃ……あとは切り捨ててあ・げ・る!」

 あいつは、邪剣を持って、俺に近づいてくる。

 くそ、ニコライに助けてもらった命なんだ。動け、動け、動け、俺の体……


 だが、魔力を消耗した体は、鉛のように重かった。

 ここまでか……


 覚悟を固めて目を閉じようとした瞬間だった。

 エレンの体は光の矢によって、弾き飛ばされる。


 光の矢を射た場所には、ナターシャがいた。


「させない。あなたには、奪わせない。私たちの希望を……私の大好きな人を……奪わせない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る