第126話 局長と孤児

―イーゴリside―


「マリア局長から連絡があった。3階は、確保できたらしい。クーデター軍は王宮で、何かを探しているようだが詳細は不明」

 私は、ボブにそう伝えた。3階の確保ができれば、クーデター軍が人質を盾に外に逃げようとしても、エカテリーナの狙撃で妨害できる。


 突入第1段階は終了。


 これより第2フェーズに入る。人質の確保。これが最重要課題であり、かつ最大の問題点。これが成功しなければ、主力チームの動きが制限されてしまうからな。


「もう少しです。局長!」


「ああ、一気に行くぞ」


 さすがは、世界ランク1位の魔力だ。通常の補助魔法の2倍以上の効き目だ。これなら、すぐに会議室に到着できるだろう。


「局長、こんな時だから言いますね。ありがとうございました」


「なんだ、他人行儀だな」


「さっきの戦闘を見て、異次元の領域に足を踏み入れてしまったことを少し後悔しているんですよ。こういう時だからこそ、俺たちの育ての親のあなたに感謝しておかないといけません」


「気にするな、それが私の仕事だったんだからな」


「あなたは、エカテリーナやマイルといった戦災孤児をギルド協会で引き取って、教育を施してくれた。俺は、ふたりと違って権力闘争に敗れて、処刑された貴族の息子だけど、あんたに出会わなければ、今頃どうなっていたのかわからない。それは、ギルド協会の戦力拡大のためという理由だったが、あなたはそれ以上に俺たちに愛情を示してくれた」


「恥ずかしいからやめてくれ」


 戦災孤児を引き取って、しっかり教育を施し、社会に還元できる人材を育成する。

 エカテリーナのような頭脳の持ち主は、協会の運営のための官僚に……


 マイルのような魔術師適性があるものは、魔術師に……


 ボブのような力と体格に恵まれたものは、戦士に……


 冒険者のような人材消耗が激しい立場の職業だからこそ、彼らを有効的に活用している。それは協会の打算のようなものも多分に含まれている。


 妻を守ることができなかった私が、偽善的な行為で自分を慰めているだけだ。


 孤児院出身者も相当な犠牲者がでている。正直に言えば、彼らを育てて、戦場に送り込まないといけない自分の立場に辟易へきえきしていたところがあった。


「よし、会議室だ」


 私たちは、部屋の前にいた数人の護衛を無力化した。

 あとは、突入し、人質を確保するだけだ。

 全員を逃がさなくても、私たちがここにとどまれば、解放したと同じ意味になる。


「3,2,1……いくぞ!!」


 私は、煙幕を部屋の中にまいた。無害なタイプで、護衛の兵士を目くらましさせる程度の影響しか与えない。だが、それで十分だ。


 私たちふたりなら、数十秒で兵士たちを撃破できる。


 最初に、私が突入した。


 懐のアイテムを使って、敵を排除しようとしたが……


「誰もいない!?」

 その部屋には誰もいなかった。


 人質を移動させたのか? だが、大人数が収容できる場所なんて、ここくらいだ。事前に王宮の図面を見ているからそこは間違いがない。


 まさか、リスクが高いが、部屋を分散させたのか? どこに人質の逃亡と兵力の分散リスクをあえてとる必要が?


 いや、違う。


 人質はブラフなんだな……


 何かを探しているとエカテリーナとマリア局長が言っていた。王太子様もそう証言している。では、一体何を目的にあいつらは動いているんだ。


 私たちは、今までこの王宮にいる政府の首脳ばかりに目を向け過ぎていたんじゃないか。

 奴らの行動は、人質はあくまで欺まん工作で、本当の目的は別にあるとすれば……


 クーデター軍が何も要求せずに、ここまで沈黙を貫いたのも納得できる。


「ボブ、急いでエカテリーナチームと連絡だ。協会につないでもらって、計画の練り直しが必要に――なっ……」


 後ろを振り向いたその瞬間、私の左わき腹に熱い痛みを覚える。

 短刀が突き刺さっている。


 これは……


「その必要性はありません、イーゴリ局長。あなたは、ここで終わりですから」

 ボブは、冷酷にそう言い放つ。


「おまえが……内通者か……」


「残念です。あなたは、賢すぎた。だから、ここで消される」


 ※


―イーゴリside―


 私は、力が抜けて倒れ込む。


「残念です、局長。あなたは真実に近づきすぎました」

 頼りの綱になっていた魔力通信機は、転がってボブの足元に落ちていた。


「これも処分させていただきますね」

 あいつは、私の切り札を粉々に踏みつぶした。

 そういうことか……


「さあ、チェックメイトですよ。局長! 閣下こちらへ」

 ボブがそう言うと、煙の中から一人の豪華な鎧を着こんだ男が姿を現す。


 ミハイルに切り捨てられたはずの騎士団長だった。


「なるほど、すべての指揮は、近衛騎士団が絡んでいたんですね」


「やっと、気が付いたようだね。イーゴリ情報局長。ミハイル副会長の側近中の側近で、キレモノと評判のキミだが、まさか子飼いの部下に裏切られるとは思っていなかったようだね」


「ボブ、いやは、スパイだったのか。マッシリア王国の監視装置ということだな。ギルド協会の手綱を引いておくための……」

 ずっと手塩に掛けていた男に裏切られるとは、私も焼きが回ったな。

 最後の最後に、私は彼を本名で呼んだ。


「そうだ。彼は、わが近衛騎士団に最年少で合格した逸材。権力闘争で失脚したように見せかけて、長年、協会に潜り込んでもらっていたんだよ」


「今回のクーデターは、近衛騎士団が中心になっておこなわれた。邪龍教団を引き入れたのも、後々の罪を全部なすりつけるため?」


「さすがだな。彼らと我らの目的は、ある意味一致しているんだよ」


「王太子問題か……」


 この国では、ふたりの王子の派閥が水面下で争っていた。

 現在は長男の第一王子が、一応の王太子になっているが……


「そこまでつかんでいるとはな。そう、現在、王太子様は危機的な状況にある。婚約者を秘密裏に暗殺したことがばれて、王様と不仲になっていたからな。このままでは、第二王子様が勝利し、廃嫡になる危険性があった。だからこそ、陛下と殿下には、このクーデターの混乱の中で消えてもらわないといけないんだよ」


「王太子派のクーデターだったというわけだな。いろんな偽装工作をしていて、最後の最後で邪龍教団にすべてを押し付けるというシナリオか」


「ああ、王太子様には、うまく逃げてもらった。これで、我らの派閥のクーデターだとはだれも思うまい。真実を知るお前は、ここで死ぬのだからな」


「人質はどこにいる?」


「各部屋の個室に軟禁している。エレンクラスの使い手でなければ開かない魔力のカギをつけている。陛下と殿下は、すべてが終わった後に処理されることになっている。あとは、どうなろうが構わない」


「そうか……それなら、安心だ」

「強がりを……」


「聞いていたな、マリア局長、エカテリーナ。以上が、このクーデターの全容らしい。手はず通りに協会本部とアレク官房長に通信もつなげておいてくれていただろうな」


 私は、天に向かって大声で叫んだ。


「問題ありません。すでに、ミハイル副会長が王太子を拘束に動いています。アレク官房長も人質の安全が確保できたと判断し、玉座に突入寸前です」


 エカテリーナの声が、通信機から漏れてきた。


「完璧だな。チェックメイトは、おまえたちだよ?」


「なぜだ、なぜ、先ほど破壊した通信機をお前が持っている?」


「錬金術師をなめないでもらいたいないな。騎士団長閣下。そちらは、私の"夢の神モンペウスの左手"で、複製した偽物だよ。対戦相手の情報は、もっと深く調べておいた方がいい」

 高位アルケミストだけができる神話級の錬金術。

 本来ならば、後方支援の時に使いやすいものだが、応用範囲は広い。こういう時にも使えるからな。


「まさか……」


「人間は勝ちを確信した時、傲慢ごうまんになりやすい。キミたちにすべてを自供してもらうためのブラフ。どうやら、うまくいったな」


「くそ、こうなったら、お前と心中してやる。覚悟しろ。手負いのS級冒険者なら、俺でも倒せる」


 騎士団長は、魔力剣を私に向ける。

 だが――


「遅すぎる。同じ魔法戦士でも、判断力でも冷静さでも、お前は世界最強に劣る」


 この長い供述の時間に、私が何も用意していなかったと本気で思っていたのか?

 残念過ぎる。


世界樹ユグドラシルの残滓」


 倒れているふりをして、すでに騎士団長の足元にアイテムをばらまいていた。

 今回は、急激に成長する植物を魔力によって使役する「世界樹ユグドラシルの残滓」だ。相手が無警戒の時にこれを炸裂させれば、敵は簡単に動けなくなる。



「やめろおおおぉぉぉぉおおおおお」

 アイテムから発生した無数の植物の根が、騎士団長を拘束した。

 奴のうるさい絶叫が部屋に鳴り響く。


 巨大な植物によって、騎士団長は無力化された。巨大な根っこの力で骨は粉々に砕けているはずだ。すでに鎧は粉々になって砕け散っていった。


 そして、会議室には、私とケリーのふたりが残された。


「どうして、私を拘束しないんですか?」

「息子を切ることなんてできるか。演技が下手すぎる。私は、S級冒険者の中でも下位だ。肉体はそこまで強くない。奇襲ならば、首を切るべきだったな。それができないお前じゃないだろう? それに、"夢の神モンペウスの左手"にも勘づいていたはずだ。今回の行動には、迷いがありすぎるぞ、ケリー」

「……」


「子供が遠慮するな。助けてほしかったんだろう? お前のメッセージは確かに受け取っていたよ。誰が人質に囚われていたんだ?」

「妹が……この王宮の個室に……」

「そうか、お前の妹なら、私の子供みたいなものだ。それなら、仕方がない。今は人がいる。協力してくれるな?」


 私の息子は、声もなく泣き崩れた。まったく、親不孝者だな。


「こちらの目的は、完遂されたな。あとは、アレク官房長に任せる。治療を済ませて、人質の解放に向かおう。手伝ってくれ」


 私たちは、治療薬をしみこませた包帯を使い応急処置を済ませた。


―――

<ギルドカード>


氏名:イーゴリ

職業:錬金術師(職業内序列1位)

ギルドスコア:900(S級)


能力

体力:790(世界ランク290位)

魔力:970(世界ランク3位)

攻撃魔力:―(―)

治癒魔力:―(―)

補助魔力:890(世界ランク7位)

魔力防御力:730(世界ランク26位)

総合白兵戦技能:780(世界ランク21位)

総合白兵戦防御力:700(世界ランク98位)


知力:930(世界ランク7位)


総合能力平均値:827

総合能力ランク:14位


判定:S級相当(※冒険者クラス認定は本人の能力以外に実績も反映されるため、この判定はあくまで参考です)


<主要実績>

・バル攻防戦における陸上救援作戦を指揮。

・魔王軍のガイル侵攻において、アライル砦に籠もり防衛線を指揮し、砦を死守。その際に、A級冒険者の妻を失った。

・ギルド協会本部情報局長兼ギルド協会教育総監(現職)

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